黒猫が泣く

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そして、すぐに期待を裏切られたらしい。その日の放課後、家に帰るときくりが縁側で足をぶらぶらして、その様子を山童が見守っている。
私は情報収集のために、猫の姿になってまで芹沢さんと諸星さんの家を見て回ってたってのに呑気なものだ。暇そうで羨ましい。
「ただいまー」と言うと、骨女と輪入道が一室を覗きながら話している。
「どうしたの?」
「それがな、見ちまったらしいんだ。怨まれた本当の理由を。」
襖を開けた一室の先では、膝をかかえて明らかに落ち込む一目連の姿があった。
一目連は音楽室に駆け込む芹沢さんを見て、その待ち受けが曽根先生だと気付く。骨女は「アタシ?!」と驚いていたが、私はやっぱり、と納得した。
今日も帰ってから、どうやって気を惹こうか2人とも一生懸命考えていたもの。
「ほら、」と言えば、輪入道が「一目連は惚れた相手の恋敵だったみてェだな。」と言い、山童が「2人でよく一緒に居ますもんね。」と付け足す。
「確かに、恋人同士に見えるかも。」と私が呟けば、他でもない骨女が「勘弁しておくれよ。」と言う。
落ち込んだ一目連が、膝を抱えた体制のまま少し振り向いて、「ごめんな骨女。俺みたいにイケてない男と噂になっちまって。」だそうだ。
「(あの意味の分からない自信どこ行ったのよ…。)」
骨女が「本当に一目連とアタシは何もないからね」と念押ししてくる。別にそんな事露程にも思ってない。輪入道が「あれ邪魔だから夕葉、何とかしとけ」と言う。邪魔なあれ、とは一目連のことらしい。
「何で、私?」
「おめェさんしか居ないだろ、元気づけてやれるのは。」
「僕はもうしばらく、そのままでもいいと思います。」
「きくりもー。調子に乗った罰だー。」
子どもは時として残酷だ。仕方ないからため息をつきつつ、「だから言ったでしょ」と言えば、その通りだと更に落ち込んだ。
「まァ……、一目連のこと好き、って子もいるんだし。いいんじゃない?今回はたまたま勘違いだっただけで、」
ここまで言うと調子に乗るだろうか、さじ加減が難しい。でも、それに対して「例えば?」と返ってきたのは予想外だった。
骨女の時は、諸星さんとか高杉さんとか、名前が出て来たのに。あれ、どうしよう思いつかない。
どうしようも無くなって、「例えば………………、私、とか?」と告げれば、一目連はこちらを向いて固まってしまった。
「そんなに不満か。じゃあ、あれ。山童が一目連かっこいいって!憧れるって!!!」
後ろから「言ってません!!!」という声が聞こえるのには耳をふさいで。
「山童いい子だもんねー。」と無理やり笑顔を見せる。私で不満なあたりムカつくけど。
「本当?」
「ホント、ホント!!!!」
山童が否定している声が聞こえないよう、大声で誤魔化そうとしたら突然抱き付かれた。突然のことに戸惑っているうちに、少し離れてキラキラの笑顔を見せながら「俺も夕葉好きだからな。」と言ってきた。
ああ、私の方だったのか。一目連が固まっている間、私の言葉も耳を通っていなかったらしい。まあ、そちらの方が本当だから、否定しないでおこう。また落ち込んだら面倒くさい。
「ちなみに、山童は腹黒だからやめとけ。俺の方がいい男だぜ?」
「あー、はいはい。」
一目連は落ち込むのも立ち直るのも早かった。振り返って向こうの部屋を見ると、骨女と輪入道が「グッド」とサインを見せていて、再び抱き付かれた私は心の中でグッドじゃない、と呟いた。


翌日の放課後、骨女は一目連と違って、優しい言葉をかけつつ、その真意を確かめようとしているらしい。山童と協力して計画を実行するみたい。
「(事情がもつれないといいなァ、)」
2人の姿を猫として追いかけると、芹沢さんは憧れの人が居ることを明かした。でも恋人が居るのだと言う。
その恋人はルックスはいいけど、ナルシストで女の子にモテて当然って感じで本当に大嫌いだと言われていた。女子中学生が抱く素直な気持ちだ。的を得ていて、誰のことか分かって聞いているこちらとしては可笑しくて仕方なかった。
「(今は落ち込むだろうから伝えないけど、今度調子に乗ることがあったら、この事を言ってやろう。)」
骨女が自宅まで芹沢さんを送り届けると、別れ際に「さっきの言葉本当ですか?」と確かめる彼女。それは、彼女が「私なんかブスだし、暗いし」と自分を否定した際に、骨女がそんな事無い、と言った事を指していた。
「先生、芹沢さんはもっと自信持っていいと思うよ。」
笑顔で言うと、彼女は本当に嬉しそうだった。好きな人に言われたら、嬉しいよね。猫の姿ながら、同意する。
「(私だって、眼が綺麗って言われた時―…)」
いつだって浮かぶのは、あの青年と沖田だったはずなのに…
ふと出て来た記憶は、「綺麗な眼だな。瑠璃色、って言うんだったか?」と笑う一目連の姿だった―…
「(あれ…?)」

帰ると一目連に「遅かったな夕葉。」と迎えられる。いつも通り、ただいまも言えず「うん、」とだけ返した。不思議そうに首を傾げる一目連。
「ねェ、お願い。今は先生じゃないから、いいよね?」
「何なりと。」
縁側に座る彼の膝に頭を預ける。でも、いつもと違う。何か落ち着かなかった。猫の姿になって、膝に入る。撫でてくれる優しい手つきはいつもと同じなのに、落ち着かない。トクトクと胸の音が身体に響いた。
起き上がって、山童にお願いする。きくりが「わろわろはきくりの僕(しもべ)だー」なんて言ってたが、それを気にせず膝に寝てみる。
「あれ、やっぱり違う…。」
「もういいのですか?」
「うん、ごめんね。付き合わせて。」
やっぱり一目連じゃなきゃダメなのは確かだ。でも何かが違う。不思議なのは私の方だ。
山童は笑顔で「いいですよ、面白いものも見れましたし。」と一目連の方を向く。そこには明らかに山童を睨む彼の姿がある。
「どうしたの?そんなに敵意むき出しで。変な一目連。」
「変なのはお前の方だろ?」
呆れたように首を傾げ、私にその言葉が返ってくる。
「私、変なのか。どうしちゃったんだろう…。」
熱でもあるのかと、自分の額に手を当てるが、身体に異常は無い。そもそも妖怪って疲れはするけど、病気になるのだろうか。少なくとも私はなったことが無い。変なのは心の方だ。何だか、その答えに辿り着きそうで分からなくてモヤモヤする。
「まァ、考えても仕方無いよね。寝ます。おやすみー。」
皆が「お、やすみ…」と戸惑いながら返す言葉を背に、布団に入って眠った。

すると、その夜新たな依頼がきたらしい。その依頼は諸星さんから。輪入道が藁人形になっている。書き込まれた名前は芹沢夕菜。
芹沢さんが「私は曽根先生のお気に入りだから」と呟いたことを引き金に、特別な存在を奪われた諸星さんが糸を引く。
今回の地獄流しは、曽根アンナ争奪戦が行われるようだ。一目連は司会役としての参加だが、みんな選手として体操服に着替える。
「一目連、その服派手だね。」
「ああ、これくらい派手じゃないと俺の美貌に負けるからな。」
完全復活を果たしたらしい一目連はテンションが高い。

まず血の池地獄渡りのスタート地点でみんなが準備運動を始める。輪入道も参加だ。見た目はおじいちゃんだが、力は誰よりも強い。
「(私も猫の姿なら勝てそうなんだけどなー…)」
三種目をこなし、芹沢さんが勝利した。とはいえ、卑怯な手を使ってのことだけど。愛を勝ち取った芹沢さんは憧れの曽根アンナに抱き付くが、骨女としての妖怪の姿を見て怯んでしまう。
彼女は「何で私がこんな目に…」と泣きながら、地獄に流された。

後日、渡り廊下を歩く諸星さんは「カッコいい人見つけちゃった」と輪入道の話をする。
「(最近の中学生、渋すぎ……。)」
多分、本当は誰でもいいんだろうな。自分を特別扱いしてくれる大人なら、
「何で輪入道なんだ?俺の方が絶対、」
「石元先生はかっこいいけど、ナルシストっぽいって生徒の間じゃ噂ですよ?女子中学生には分かっちゃうみたいだね。」
「そんな俺が好きなのは、どこの誰ですかー?」
「さァ、誰でしょう。」
本当は、私も。その瞳が綺麗だと言ってくれるなら、誰でも良いのだろうか。

「あーあ、今時の女子中学生は見る目無いなー。」
「素直なだけだと思うけど。そもそも、センセイなんだし。それから、女子中学生に手出したら犯罪だから。」
「それってヤキモチ?へー、明日奈さんは石元先生の特別になりたいのか。いいよ、してあげても。」
「だから、それがダメだって言ってるの。他の子にしたらセクハラで訴えられるからね?今度こそ地獄に流される。」
本当にさっきから私が言っていることが分かっているのだろうか。呆れてしまう。
「他の子にはしないよ。」と苦笑する彼に「ホントに?」と聞けば。
「だって、夕葉じゃなきゃ嫌だからさ。俺の特別は夕葉だし。」
平気な顔をして、言ってしまうこの人が憎らしい。トクトク鳴るこの胸は喜んでいるのだろうか。
分からないから「そういう事言う人は、大抵誰にでも言ってるの。骨女に、簡単に男に騙されるなって教わったんだから。一目連みたいなタイプが一番うさんくさい。」と言い放つ。

「酷い言われようだな。本気なのに。」
適当に「はいはい、分かった」とあしらって、授業だからと言い訳をする。教室に戻ると伝えて、理科室を出る時。
風に吹かれて髪と白衣を揺らし、困ったような顔をする姿にさえ目を奪われる。

「一目連じゃなきゃ、だめ、だよね。」

誰にも気づかれないように、そっと呟いた。








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