黒猫が泣く

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理科室に勢いのまま入ろうとしていたけれど、女の子の声が聞こえて、その足を止めた。
その声の主は骨女では無い。中学生の幼い女の子。
こぼれる言葉を少しずつつなげ合わせる様子から、”告白”というやつなのだと察した。
この間から私は少し可笑しい。何で、私の言葉で「一目連のことが好きなのは私、」なんて言ってしまったんだろう。
いいや、ただの冗談というか、慰めの言葉だったんだけれど。それでも、言葉にしたのは間違いだった気がしてしまう。
それが私に催眠をかけるみたいに、一目連を意識させる。自覚したくなかった。こんな気持ち。
嫉妬、なんて随分と人間らしい感情を持ってしまったものだ。

理科室の前に立ち止まって、ため息をつく。”石元先生”は目の前に居る生徒に、困ったように微笑んだ。
猫だから、少し離れていてもその言葉が耳に入ってしまう。「ごめんな、気持ちは嬉しいけど。」と言っていた。
「これからも、先生として好きでいてくれると嬉しい。理科も、頑張れ。分からないことは何でも聞いてくれ。」
「(……女は少し優しくするとつけあがる、ってこの間言ってたクセに。)」

チクと痛む胸。全然仕事に集中出来ない。私は生徒として、ゆずきちゃんの様子を見ておかなければならない。
お嬢は少しずつ事を進めている。彼女のことを想いながら、その運命を告げようと。

女の子が「はい。気持ち、聞いてくれてありがとうございました。」と無理に笑顔を作って出ていく。
立ち去る時に、静かに涙を見せた。
「夕葉?」と声が聞こえて、一目連が私の存在に気付いていた事を悟る。
「別に立ち聞きしてた訳じゃないよ。人より耳がいいから聞こえたの。」
言い訳をしてしまえば、まだ何も言ってないだろ、と呆れた顔で返された。

「何で不機嫌なんだ?……あ、分かった。この間、俺と骨女と輪入道が学校休んで調査行ってたから拗ねてるんだろ。」
「別に、」
そんなことは今関係ない。何でこの男は鈍いんだろう…、鈍いも何も、私自身が自覚していない気持ちを、他人に察しろという方が可笑しい。やはり最近の私は可笑しいんだ、と改めて思う。

確かに、生徒の私まで同時に休んだら疑われるし、学校でゆずきちゃんの様子を見ておく、と残ったけれど。
でも、結局はゆずきちゃんが必然的に地獄流しに関わるから、一目連たちとも合流したのだ。その事は何とも思っていない。

「でも、さっき告白してくれた子が素直な子で良かった。」
何と返していいのか分からず、嫌味っぽく「石元先生はモテモテですね。」なんて言葉が出てしまった。
「羨ましいのか?」
未だ、胸のあたりに何かが残っている。このチクチクする感情の名前は嫉妬。よく怨みに繋がる感情だ。
その可愛らしい、小さなもの、特に男女の恋愛感情において用いられるのが”ヤキモチ”というやつらしい。
何となく知ってはいたが、これがそうだと自覚したのは最近だ。ただし、恋愛感情でなくてもそれを用いる。
私のそれは、きっと家族に対するものだ。家族が誰かに奪われたら、面白くない。ただそれだけだ、と何度も言い聞かせた。

私はその場を立ち去り、また保健室で寝た。最近の私は、可笑しい。こんな感情は要らない。
可笑しいついでに、先生に変なことを聞いてみた。
「柴田先生、私のこと分かる?」
「ええ。…、急にどうしたの?」
「なんだか、"今"を見ていると、何が現実で何が幻なのか分からなくなる。」
保健室の柴田先生は、相変わらず背中を向けて何かを書いている。
「大変ね。」
淡々とした口調は、疲れていた。
「先生も。私達もあなたと同じ。何度も仕方ない、って思った。」
私は、ベッドに腰掛けて俯いたままこぼす。
それを貴方より長い間ずっと続けてる。お嬢はもっと。でも、何かを変えることができたら。その小さな希望もきっと同じ。

「(そうだよ、可笑しいのは現実と幻の堺が分からなくなってるからだ。)」
ベッドにそのまま背中を預けて目を瞑る。天井が明るい。そっと手で光を遮って。

こんな感情になったことが前にもあった、と思う。きっと、これも何度も何度も繰り返した。
だから、絶対に何かと重ねて確信なんてしてはならない。ただ、側に居れるだけでいいの。
私はずっと側に居ることができる。それだけで特別。これ以上何を望むのだろう。


眠りに落ちながら、ある地獄流しを思い描いていた。


その女の子は、アルバムを抱えていた。写真の中では笑っている2人。けれど、アルバムを見つめる女の子は辛そうだった。
今回のターゲットは、藤巻真里。隣に写る森内樹里が依頼者だ。

真里が他の子に映画を見に行こうと誘われる、しかし樹里は自分がフランス映画は好きでは無いから見ないでと言う。
「でないと…」
そこにあるのはただの巾着袋。少しだけ覗く藁人形。見せつけてから、松葉杖に掛けられた小さな巾着袋をそっと撫でる。
樹里の目にも、真里の目にも映る悲しみ。愛が深い憎しみに変わってしまったのは、小さなきっかけだった。
その日から樹里は輪入道扮する藁人形を持ち歩いて居る。そして事あるごとに真里に見せつける。
「(脅しに使いたかったんだ、)」
それから2人は仲の良いフリをして、一緒に樹里の家へと向かう。樹里の家から真里が出て来た頃には、雨が降り始めていた。
傘を持たず、何かを大切そうに胸に抱えて走る真里。
「藤巻さん!!!」
声をかけると、怯えながら、「明日奈さん、」と返される。周囲を見て、樹里の視線を探している。
私は現在彼女のクラスメイトの1人だ。樹里の家から角を曲がった道。きっと彼女の目二は届かないだろう。
それを言っても不審だろうと思い、彼女に近付いて鞄に入った折り畳みを取り出した。
「私、傘2つ持ってるから使って。」
「でも、…」
多分、彼女は私に傘を返すところを樹里に見られたくないのだろうと察する。
返さなくていいよ、と言っても気にする性格だろうから、「明日、靴箱に居れておいて。じゃないと持って帰るの忘れそうだから」と適当に言い訳をして、手渡さなくても良いように促した。
「これからどこか行くの?」
「うん、家族で食事に。」
「そっか、それなら尚更使って。すぐに家に帰ってお風呂に入れないなら、風邪ひいちゃうから。」
「ありがとう。」
か細い声で、お礼を言われて、その手に無理やり折り畳み傘を渡すとその場を立ち去る。

一目連と合流して、レストランの駐車場。柱の後ろから彼女の様子を伺った。
家族で外食をした後でアルバムを落として行った真里。きっと今頃彼女は必死に探し回っているだろう。
手に取ったアルバムを見つめる一目連も辛そうだった。2人の写真だけを載せたアルバムをめくる。
一緒に見ていて、小さくこぼした言葉に一言しか帰って来ないことに寂しさを感じた。
「似てるね、何でもお揃い。仲良しです、って皆に知らせたいのかな?」
「そうなのかもな。」
そういえば、この間きくりが嬉しそうにあいと同じ浴衣を身に付けていた。
私には無かったな、骨女やあいとお揃いにしたい、って気持ち。
ずっと、1人だったからか、私は私、と思ってしまう。例え百年一緒に居ても。

雨が私達を静かにさせる。雰囲気にのまれて、状況に支配されそうだった。
何かをきっかけに愛情が憎しみに代わる。大切な友達のはずなのに。
私だけを見て欲しい、満たされない想いに支配されて。
相手を過剰に束縛する。そのための方法が、森内樹里にとっては、地獄通信なのだ。
藁人形を見せ、裏切ったら地獄に流すと告げる。

すると、足音が聞こえて来た。きっと、アルバムを探しに来た藤巻真理だ。
私は今回、2人のクラスメイトとして潜入しているから、ここに一目連と居ると不自然だ。
別の人間として認識させる方法もあるが、一目連1人の方が彼女は心の内を話すだろう。
話されて何をする訳では無いけれど、事態は変わるかもしれない。
私は姿を猫に変え、そっとその場を去った。

真里が傘を落として「どうしよう、」と呟いたところに、一目連が「探し物はこれかい?」とアルバムを手渡す。
良かった、と泣きそうになりながらアルバムを抱きしめる彼女に、落とした傘をそっとさす。
仲の良さを知るクラスメイトや家族では無い。何も知らない、初めて出会ったお兄さんだから彼女は話すことが出来る。
公園で話す2人を少し離れた場所から見つめた。一目連は通りすがりの優しいお兄さんだった。
震える真里の手にそっと手を重ね、「俺で良ければ聞くよ」と言う。真里は戸惑いながらも、話し始める。
一目連は許可を得てからアルバムをめくり、途中から真里が笑っていない事に気付く。彼女は地獄通信という方法で命を握られている事を明かした。






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