黒猫が泣く

□03
1ページ/2ページ





「じゃあ、レンくん指名しちゃおうかな。」
少し首をかしげて、横目で彼を見る。

私は今、あるホストクラブに来ている。仮にも長期間中学校教師をしている彼がここで働いているのもどうかと思うが。
私達妖怪には人間たちに同一人物だと悟らせない能力が備わっている。
「だからいいんだよ、それにこれが俺たちの仕事だろ。」
と言った一目連を追いかけ、彼の働くホストクラブにお客として入店した。
普段の私は高校生くらいの見た目だが、骨女に頼んでセミロングの髪を巻き、コーラルピンクの口紅を塗った。
髪型は危うく”とさか”にされて、「バブル期じゃないんだから!!!」と直してもらったけど。
確かに何百年単位で生きている私たちにとって、数十年の違いは大した事では無いが、外に出るには大したことだ。

遊び人使用の私を見て、ホストの”レン”はひどく動揺していた。
オーナーの前だから、と一目連は動揺しつつも私の手をとって甘いセリフを囁く。
「OK、今宵は俺が夢を見せます。お姫様」
すると、その様子を見ていたオーナーが冗談交じりで「お客さん、今度俺も指名してよ」と言い始める。
「このお店、オーナーさんも指名出来るんですか?」
落ち着いた口調で言うと、乗り気だと思ったのか「勿論」と勝ち誇ったような笑顔で返される。
「じゃあ、今度。」と来ない約束をして、レンと2人でソファに座った。

「あのオーナー、誰にでも声かけるんだね。」
慣れない巻き髪が顔に触れて、さらりと後ろに流す。
「ホストクラブにしては、清楚なお嬢様風なお前が来て落としたくなったんだろ。」
私の服装は、上が白いレースに水色のスカート、腰にリボンがあって、そこで切り替えられたドッキングワンピースだ。
確かに周囲を見ればもう少し露出度の高いお姉さんが多いから、少し浮いているかもしれない。
「これでも頑張ったんだけどな、ネットで調べたら普通でいいって書いてあったし。」
「何で来たんだ?こういうのは骨女に任せろよ。」
「たまには骨女を休めてあげようと思って。一目連は何で怒ってるの?」
骨女、ずっと体育教師なんだよ?絶対大変。私は生徒役でよく寝てるけど、
一目連はグラスにアイスを入れて、お酒を注ぎながら「別に、」と言った。
多分、私も休みたかったのだ。中学生として、幻と現実の間に居る生活から抜け出したかった。
今まで通り、その都度調査して。忘れられて。それでいいのに、長期間友達がいると私も錯覚しそうになる。

「で、そっちはどうなんだ?」
「ああ、依頼者の調査なら順調だよ。」
私達が依頼されたのは、ある女性だ。清楚な感じの、ホストクラブに行くなんて見た目からは想像できない。しかし、とても目鼻立ちのはっきりとした綺麗な人だった。現在、私は彼女と同じ職場に通っている。
白石紗世は、高校卒業後すぐに就職した。同僚の女性に連れられ、ホストクラブに来た紗世はすっかり一条篤に惚れこんでしまう。しかし、珍しい客に目を付けたオーナー諏訪楓は白石紗世に迫っている。
「白石紗世は随分と一条篤にハマって、社会人1年目だというのに借金までしてるみたいだった。」
「一条の方は、彼女に興味があるのか、無いのか…。」
一目連の視線の先には、接客をする一条篤の姿がある。女性の肩を抱き、顔を近付ける。
「この仕事だもの、誰にでも出来る行為、ってことだよね。」
私が視線を伏せれば、自然に肩を抱かれる。近づく顔に、胸が跳ねる。
「何してるの、一目連。距離近い、」
「何って、今はホストのレンなんだから、これくらい当然だろ。」
そっと頬にキスされて、「お客さんへのサービスなら要らないよ。今日は調査報告、情報共有。」と顔を背ける。
「ふーん、それなら帰った時でもいいだろ?本当はこういう事したかったんじゃないの?」
「早く知らせたかっただけよ。」と言いながら、一目連の身体を押し返した。
言いたかったのはそれだけでは無く、矢吹に媚びを売っている久我竜也の存在だ。
「何度迫っても一条しか眼中にない白石紗世を手に入れたい、って諏訪が久我に言ったみたい。何か起こりそうで、」
「そうか。一応、久我にも注意はしとく。…けど、」
「分かってる。私たちは情に流されちゃいけない、契約が交わされない限り、何か起こっても手を出しちゃいけない。」
「ああ。」
別のテーブルに居る久我に視線を向ける。派手な女の子たちや、ヘルプについた他のホストたちと「イッキ、イッキ」と騒いでいるところだった。
「じゃあ、私そろそろ帰るから。」と腰をあげる。
「ああ、気を付けて。」
「大丈夫よ。か弱い人間の女の子じゃないもの。」
その言葉を肯定して、私を送る。
「それじゃあ、お仕事頑張って。まァ、一目連としては女の子に囲まれて楽しい職場だろうけど。」
「いいことばっかりじゃないぜ?夕葉の接客が一番楽しかった。」
「楽なのは当然よ、ずっと一緒に居たんだから。それじゃ。」
わざとらしく首を傾げて困ったように笑う一目連に別れを告げ、クラッチバッグを持つ。私は、一目連がその後「楽じゃなくて、楽しかった、って言ったんだけどな。」なんて言っているのを聞かずに、お店を去った。
随分と学校を休んでしまっている。しかし、依頼者は一向に糸を引く気配が無かった。ターゲットである諏訪にはしつこく誘われるだけで、何をされた訳ではないし。
それに、彼女は気付き始めているのだと思う。一条が自分を本気で愛していないということに。ただのお客、だからお金を払えなければ離れていく。
仕事だけれど、何事も無く終わってしまえば良いと思う。








次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ