黒猫が泣く

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後日、ホストクラブに行くとオーナーの諏訪に「ああ、夕葉ちゃん。」と呼び止められた。
「オーナーさん、私のこと覚えてくださっていたんですか?」
「可愛い子の名前と顔を覚えるのは得意なんだ。どう?今日は、俺にしとかない?」
「じゃあ、少しだけ。」
オーナーに連れられ、案内されたのは前回よりも豪華な席だった。
「え、ここって、」
「夕葉ちゃんは特別、ね?」
一目連がお酒を運んで来て、「オーナー、ずるいッスよ。」なんて冗談めかして言う。
「いいだろ、レン。お前には他にも贔屓にしてくれてるお客さん居るし。夕葉ちゃんは譲れよ。」
その言葉と同時に肩を引き寄せられる。一目連がした時と違って、少しの不快感があったがそのまま身を任せて頬を胸板に寄せた。一目連は一瞬苛立ちを見せたが、「オーナーが言うなら仕方ないか。」と笑うとその場を去った。

「本当に可愛いな、夕葉ちゃん。」
「そんなこと言って、諏訪さんくらいの男性なら、きっと…」
言いかけたところに、ハハッと笑いながら「そんなこと無いよ、」と返される。
「けれど私、白石紗世さんからこちらのお店を教えていただいて来たんです。」
その名を出すと、矢吹はハッとした。
「華やかでは無いけれど、あの子とても素敵だし。オーナーさんもご存じじゃないかと思って。」
いや、と否定して私を抱き寄せると「誰もキミには敵わないよ」と囁く。
「それに、彼女は竜也に譲ったんだ。」
竜也…、久我竜也のことだ。諏訪に媚びを売っている久我はきっと、無理やりにでも彼女を連れてくると予想していたのに、その予想に反して諏訪は久我竜也に譲ったという。その言葉に、背筋が冷たくなる感覚があった。ニヤリと笑ったその横顔が怖かった。嫌な予感がする、そして私の予感はよく当たる。今度こそはそれが外れるようにと願っている。
「何、他の男のこと考えてる?」と言われて、彼の方に目を向ける。相変わらずニヤリと笑い更に私を引き寄せる。
「白石紗世を譲ったのは、キミが俺の前に現れたからだ。…ねェ、このあとさ、」
「あ、あの、私そろそろ帰ります。」
軽く相手の身体を押して抵抗してみるが、その距離は縮められる一方だ。
「それで抵抗してるつもり?それとも抵抗するフリして俺を誘ってるの?」
「違います、あのッ…」
すると、「オーナー!!」と言ってきたのは一条篤だった。諏訪は、小さく舌打ちをして一条の方を向く。
一条はこのクラブNo.1のホストらしく、間近で見ると端正な顔立ちをしていた。一条が、取り込み中でしたか、と言って去って行くと萎えたようで、煙草に火をつけて煙と同時にため息をはいた。
「アイツ、邪魔なんだよなァ…。」
「え、」
「…いや、アイツはうちのNo.1だからな。稼いでもらわなきゃなァ。」
そう言って、豪快に笑う。その言葉には何かあると思った。私は、仕事を終えた一目連に会い、何か知らないかと問う。
「ああ、一条篤には今いい客が付いている。モデルの女で、両親も俳優業をしてる金持ちだ。」
「それで、」
「ついこの前まで、それを理由に一条篤は白石紗世に付かないよう遠ざけられていたんだ。」
「そう、じゃあもしかして一条篤って、…」
「そうかもな。」
一目連は視線を下げる。そこに一条篤が現れ「レン!それに、さっきの…」と私の方を指さす。私はとりあえず頭を下げた。
納得したような顔をして、私たちの顔を見比べる。
「オーナー趣味悪いよな、」と言った一条に、苛立ちを覗かせる一目連。
ああ、悪い。そういう事じゃない、と否定してから、オーナーの諏訪は人の女を取りたがるのだと言う。
「レンの女だ、って知ったからキミが欲しいんだよ。あの人は。」
「だから白石紗世のことも敢えて突き放したのか。」
一目連の言葉を、彼は黙って肯定した。ぐっと拳を握った。何かを決意したように見えた。
彼はレンにも見て取れる恋心なら、もう逃げるしかないと思ったのだろう。それに白石紗世は借金を抱えている。
翌日、久我の手引きで白石紗世と一条篤はこの街を出ようとした。オーナーの力を潜り抜けて。
稼ぎ頭の一条篤が逃げることは、諏訪にとって良いことでは無いし。あの諏訪のことだ。一筋縄に諦めたとは考え難い。
それに、あの久我に譲った、という言葉が引っかかる。

「よりによって、久我に手引きを頼むなんて…」
何か起こらない訳が無い。知っているのに何も出来ない。私達は、その様子を見るだけだ。
一目連はその大きな瞳で、私は黒猫の瑠璃色の瞳で。
「なァ、久我。ここは、…」
手を取り合った白石と一条が、久我に連れられて来た先は廃墟と化した倉庫。
「あァ、ここでお前は…」
奥から数人の男が現れた。白石と一条は引き裂かれ、一条は数人の男に殴られる。
「久我?!」
「忘れたのか、お前。お前は幾度となく、諏訪さんは人の女を奪うと言っていたが…、あの人の女を先に奪ったのはお前の方だ。」
「何を言っているんだ、」と倒れたまま問う一条に、悔しさをにじませた笑顔を向ける久我は「本当に忘れたのか」と言う。
白石紗世が戸惑う中、まァお前のことを好きだという女なんて幾らでも居たから覚えて無いのだろう、と。
「諏訪さんから伝言だ。”お前が俺の女を奪った事を償うため、生涯俺のもとでしっかりと稼ぐならば許してやろうと思ったが、お前は逃げた。容赦はしない、”だそうだ。」
それを合図に、一条を囲む男たちは鉄の棒を振り下ろす。

「さァ、女の方は…」
そう言って、卑しい笑みの久我が振り返る。白石紗世は、後ろに下がるがその腕を捉えられた。
「お前は、まず俺を楽しませてもらおうか。」
そのまま押し倒され、服を引きちぎられる。紗世は何度も「篤くん!!」と一条の名を呼んだ。
泣き叫んでも、何度も。最初は「紗世!!!」と返って来た声も、ついには聞こえなくなる。
紗世は声が枯れると、涙をこぼしながら、もう何でも良いと久我に身を任せた。
全ての悪夢が過ぎ去った時、一条篤は死んでいた。白石紗世は、何を怨んでいいのかも分からないままに糸を引く。


諏訪は地獄に流された。ここはどこだ、と問う諏訪に一目連が答える。
「地獄だよ、アンタは白石紗世に流されたんだ。」
「俺があの女に何をしたってんだ、元々は篤が悪いんだ。俺が先に好きになったのに、どの女も篤に夢中になった。」
「逆恨みだな、」

「この怨み、地獄へ流します。」
お嬢の声が響き、舟は鳥居へ向かう。

久我は諏訪の消えたホストクラブを引き継ぎ、白石紗世はこの街から姿を消した。

縁側に座っていると、どうした?と肩を叩かれ、私は「うん、あの光景、前にも見たことあるなって思って。」と夕暮れの里を見る。
「そんなもんだろ、男と女は。」
「うん、」
何度も見て来たその光景は、未だ気分の良いものでは無い。骨女は「女の方が力が弱いように出来てるんだよ、」と皮肉っっぽく笑ってた。
私の瞳の裏に、「あぐり!」と呼ぶ愛次郎の声が響く。そして、愛次郎を想いながら涙したあぐりさんの姿。
男女の力関係と男同士の上下関係は何年経っても変わらないんだろう、

「夕葉も、本気で嫌なら押し返さなきゃ。」
そう言って、一目連が私との距離を詰める。
「もしかして、諏訪さんが迫って来た時見てたの?」
「ああ、接客しながらちゃんと。壁に耳あり天井に目あり。」
にっこりと笑う一目連。
「一目連のことは強く拒めないなー…。」
その言葉が意外だったのか、一瞬動きが止まる。それは表情からも見てとれた。
それからすぐにぐっと距離が近づき、唇に何かが触れた。

「冗談でも本気にされたら、こういう事されるから気を付けろよ。」
立ち上がって、私から顔をそむけると、呟いてからどこかに姿を消した。

「こんな気持ち、気付きたくなかったよ…」
一目連の行動が、私を狂わせる。

そこに、「あーッ」と指さすきくりが目の前に現れる。
「エロ目玉と夕葉がちゅーした、ちゅーした!!!やっぱり目玉はエロ目玉〜!!!」
きくりは歌に乗せるように、繰り返す。それをなだめるように、「姫!!」と言いつつどんな反応をしていいのか分からず戸惑う山童。
家の奥から、「何だって??」と言いながら出てくる骨女は赤いジャージのままだ。
「どうしたんでィ、」と丁度帰って来たらしい輪入道まで騒ぎ立てる。
「あ、いや、そんな大した事じゃ…」
否定しようとするのに、被せるようにきくりが言った。
「ちゅーだよ、ちゅー。エロ目玉と夕葉がちゅう!!!」
「なッ、」
「本当なのかィ?夕葉、」と問い詰められれば、頷くしかなかった。
輪入道が自らの顎を触りながら、「良かったじゃねェか」と笑う。
何が良かったものか、私はこの気持ちに百年近くブレーキをかけてきたのに。

それにしても、この状況。何で私だけが恥ずかしい思いをしながら、問い詰められなければならないのだろう。
「(どこ行ったのよ、一目連のばーか。)」





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