ただ、あなたの隣に。

□1.僕らが忘れないだけで
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その頃―
「(俺、……)」
小さな身体を抱きしめたこと、自分だけに見せた溢れ出す感情。
晋助は夕葉を思い出しながら、体温の上昇を感じていた。
すると、自分の名前を呼ばれて、その主の方を振り返る。母上、と呟くと、母は微笑んでいた。

「夕葉ちゃんには会えた?」
「はい、」
晋助はゆっくりと、今日あった事を伝える。こんな事を伝えれば母が心配することを自覚しながら。
「…俺、アイツのこと、守りたい。また、笑って欲しい。」
その呟きを拾い上げて、母は微笑んだ。
「女の子を笑顔にする方法、母は知ってますよ。」
晋助はその言葉に顔を上げる。それは何かと問えば、付いてくるよう促され。
そこで母上が差し出したのは、綺麗な簪だった。

それから約束通り、晋助は夕葉に会いに行った。いつも、常に持っているそれを渡せずにいる。
父親には、「ヅラと勉強したり、剣術の稽古をしている」と適当な言い訳をして、何度も通っていた。
晋助にも明白に分かるのは、夕葉の母親が一向によくならないこと。むしろ会う度に体調は悪化していた。
そんなある日、夕葉の母親に頼まれごとをした。
1つは手紙を出してくること。夕葉に頼まないのは何か事情があるのだろうと、何も言わずそっと懐に収めた。
2つ目は、もし夕葉が好きなら、側に居てやってほしいという事。
晋助はそっと持っていた簪を取り出して、「これを、アイツに渡したい」と呟いた。
「それは、…その意味が分かってのこと?」
「はい、母に教えていただきました。俺が、アイツを守ります。」
その言葉に、夕葉の母親は涙をこぼして「ありがとう」と言った。




ある日、叔父上が家を訪ねて来た。1人の男の子を連れて。
駆け寄る私に、「大きくなったね」と言って頭を撫でる。
叔父上は、ずっと旅をしていたので、しばらく会っていなかったのだ。
何のために旅をするのか問えば、「色んな物を自分で見て、知るためです」と言った。
「今度は海の外にも行ってみたい。」
「異国へですか?それは…、」
叔父上なら法律を破ってでもしそうな気がして不安になった。
「ええ、今は禁止されていますが。いつか、空の向こうも行ってみたいものです。」
茜色に染まる空を見上げる。空の向こう、そんな場所に行きたいなんて考えもしなかった。
その言葉をつまらなそうに聞いている男の子。叔父上は彼を「銀時と言います」と紹介した。

「銀時、少し夕葉と話していてください。夕葉、あなたの母上とお話してきますね。」
叔父上はそう言い残して、母上が寝る部屋へ入って行く。取り残された私は、鼻をほじる男の子と視線を合わせた。
襖の向こうから、母上が「兄上、来てくださったのね」と小さな声で言う。
きっと、聞いてはいけないのだと悟って、銀時さんを少し離れた場所に案内し、お茶を出した。
銀時さんは愛想よく自己紹介などしなかった。つまらなそうに、外の景色を眺める。
そんな姿を見て、いつもはつまらなそうにぶすっとしている晋助様を思い出す。
だからこそ、彼の優しさに触れた時、彼が笑ってくれた時は嬉しくて仕方ないんだろう。
「(こんな時まで想ってしまうなんて、)」
この頃、自分は可笑しい。会ってもいないのに、考えただけで頬が温かくなるのだ。
私は今おかしな顔をしていないだろうかと不安になって、温かくなる頬を手で押さえる。
「何だお前、1人でニヤニヤして気持ち悪い。」
そう言われて、やっぱり変な顔してたんだ、と自覚する。
「何だよ、言い返さないのかよ。」
やっぱり、晋助様と少し似てるなんて思った、数分前の私に全然違うよと教えてやりたい。
晋助様も少し意地悪をするときはあるけれど、その時こんな顔はしていない。
勝ち誇ったように笑う、その意地悪な表情さえも好きなのだと自覚する。
「おーい、生きてんのかー?」
「生きてます。あなたのその目こそ、生きてるんですか?」
ムッとして、思ったことを勢いのままに言ってしまった。
「どーせ俺の目は死んだ魚だし、天パだし…って、何コンプレックス言わせてんだ!!!」
その人は今まで出会った誰とも違う、予想外の言葉と行動を見せる。何を言っているのか分からなくて首を傾げれば、彼は「ノリツッコミしてんだぞ!!何か言え!!」と騒いでいる。

そうしていると、叔父上が話を終えて出て来た。「さあ、銀時帰りましょう。」と、彼の頭を撫でる。
私達2人を見て、仲良くなれたかと問う叔父上。私達は目を合わせず、何も言わない。
「この近くで塾をすることになったので、夕葉も遊びに来なさい。少しずつ仲良くなれますよ。」
「塾なんてつまんねーよ、つか、塾は"お勉強"するところだろ?遊びに来るって何だよ…。」
「いいえ、間違っていません。夕葉にとっては、学びは遊びと一緒なのですよ。だから、…ね?」
優しく微笑む姿は、母上と似ている。その横で銀時さんは「お前ら揃って頭おかしい」と呆れて呟いた。



"塾"には行ってみたかった。母上自身も、「叔父上のところへ行ってきなさい」と言っていたが、母上の側を離れたくなかった。
ある日、銀時さんが私を迎えに来た。玄関に出て行った私の目の前で嫌そうな顔をして「松陽が連れてこいって。」と呟く。
断ろうとすると、「俺が拳骨くらうんだよ。」と無理に腕を引っ張られる。すると、「何やってんだ!」と引き離してくれたのは、晋助様だった。
「誰だ、この毛玉。」
「毛玉って何だ!!!俺のこの天パを見て言ったなテメェ!!!」
「ぎゃーぎゃーうるせえ毛玉だな、オイ。最近のケセランパサランは喋るのかよ。」
「今度は妖怪かよ!!!俺がケセランパサランなら真っ先にこの天パを黒髪サラサラストレートに変えてるんだよ!!!」
2人のやり取りを見ていたら、やっぱり似ているかもしれない、と思った。

「…笑った、」と晋助様が小さな声で呟く。
「私だって笑いますよ?」
「そうだな。…最近元気なかったから。お前が笑って、…嬉しい。」
優しく笑ってから、銀時さんの「おいおいイチャつくなー」という声で、自分が何を言ったのか気付いたらしく私から顔を逸らす。
銀時さんに「うるせー、天パ!」なんて言ってる横顔も、耳も真っ赤に染まっていて。やっぱり、この人が大好きだと感じてしまった。

銀時さんが、舌打ちして「また来る」と去って行くと、晋助様は「あんなヤツのところへ行くくらいなら家に来い。」と言う。
晋助様は少しの時間、私の家に居た。最近はお菓子も作っていないから、何も出せないけどせめてお茶だけは、と差し出す。
「お義母さんの様子はどうだ?」
私は首を横に振ることしか出来なかった。母上は、この間まで誰かが来ることを喜んでいたのに、今は誰にも会いたくないのだと言う。
それは以前よりもずっとやつれてしまって、その姿を誰にも見せたくないからだと分かっていた。
晋助様は「そうか」とだけ呟いて、話題を変えた。
「今日は、これをお前に持ってきた。」
「御本、……こんな大切なものッ」
「…そう言うと思った。けど、今回はやるんじゃねー。貸すんだ。それならいいだろ?」
目の前に差し出された本を受け取ると、晋助様が「お前がいつも読まないような、物語だ。」と笑う。
「晋助様はもう読まれたのですか?」
「ああ、ずっと前に。」
「面白かったですか?」
「…まあな。」
晋助様がつまらないと言わなかった本は初めてだ。彼が帰った後すぐに、私は期待して、その本を開いた。

「落ち窪んだところに居るから、落窪…。」
そのお話は、平安時代。貴族の身分の高い女性が、継母に冷遇される下女同然の扱いをされる。
しかし、右近の少将頼道に見いだされ、生涯唯一の人として愛される。そして、継母たちに復讐をしていく。

物語をあまり読んだことの無い私は途中まで面白くて仕方なくて、時間も忘れて読んでいた。
だけど、読み終わった時、復讐を終えた、この人たちは幸せなのだろうかと、少し疑問に感じた。








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