ただ、あなたの隣に。

□2.めまぐるしくも曖昧に過ぎる時間を、
1ページ/4ページ



「夕葉ちゃん、また綺麗になったねー。」
「入江様、1週間前にお会いしたばかりですよ。お世辞を言ったって、安くなりませんから。」
「いやいやお世辞じゃないから。むしろ、こんな綺麗な娘さんに縫ってもらうんだ。割増で払わないとね。」

あれから、5年程の年月が経過した。
「はい、確かに。」と料金をいただいて、帰り道に今日の夕飯を考える。
入江様は、この辺りでは名の知れた商家の旦那様で、金融業を営んでいる。
私はこの頃、針子のお仕事をいただいてはお小遣いをいただき、少しではあるが家計の足しにしている。

「よく働くなァ。」
自然と並んで歩く彼に「食べ盛りの男の子が3人も居るんですもの。」なんて返せば、
「4つ年下というよりは、もはや母親だな」と笑われた。
叔父上はやはり少し変わっていて、身分関係なく、無償で近所の子供たちに勉強を教えている。
塾代のみならず、紙や墨、おやつにかかった費用も請求しないために、家計は当然火の車だ。

「それは困ります。母と息子は…その、…ずっと一緒に居られません。」
「じゃあ俺が父親で、ガキがアイツらだ。」
「ふふ、晋助様だって、お二人とは同い年でしょう?」
可笑しくて笑ってしまうけれど、「ヅラはともかく銀時の精神年齢は7歳くれェだろうよ」なんて。
「否定できませんね。」
「違い無ェ。」
加えて、家族には3人の食べ盛り。お米はいくらあってもありがたいくらいだった。

「にしても、モテモテだなァ。夕葉ちゃんよ。今じゃ、この城下町1番の美人って言うじゃねーか。」
冗談を言いながら、羽織の袖に腕を入れる姿が可愛く感じてしまう。そんな彼から視線を逸らし、俯きながら否定した。
「そんなこと無いです。一部の方が噂しているだけで。」
「俺も、そんな女連れて歩くんだから鼻が高いもんだ。俺には勿体無ェ。」
「私よりも晋助様こそ、ご近所の女性が素敵だって騒いでます。晋助様の方がよっぽど私には勿体ないです。」
「お前はいつもそれだな。まァ、俺は誰に何と言われようと、お前を手放す気は無ェがな。」
少し意地悪を含んだ笑みを向けて、そんな事を言うなんて本当にズルい。やっぱり貴方の方が勿体ないくらい素敵です。

「オイオイ、イチャついてんじゃねーぞ。発情期かコノヤロー。」
「それはお前だろ、思春期真っ盛りの銀時よォ。」
家路も半ば、木の影から現れるふわふわした髪とやる気の無い目をした彼。
「何だと、この低杉!!」
「テメェ、俺は170センチあんだよ。低い部類じゃ無ェ。」
初めて出会った時から2人はこの調子だ。
「いやいや、男はデカいのがいいの。身長も、心も、アレも。ねー、夕葉?」
「えっと、私が小さいので、晋助様くらいがちょうど話しやすくていいです。」
「…わー、高杉くらいがキスしやすくて丁度いいってよ!」
「言ってません!!!!」
銀時さんは、いつも言っても居ないことを言うから困る。一生懸命否定したけれど、晋助様は口元を押さえていて。
「晋助様、私そんな事言ってません!!!」
「わ、分かってらァ…、聞いてたさ。うん、…。」
晋助様は視線を逸らしているし、銀時さんはいつの間にかつまらなそうに鼻をほじっていた。
私だけが慌てて顔の温度を上昇させるのだ。
「(あー、はいはい。キスもしてない訳ね、お前ら。)」

家に帰れば、桂さんが「夕葉、今日の飯は何だ?」と問う。
「夕葉、今日の飯はあれだろ?あんこたっぷり宇治銀時丼。」
「そんなので喜ぶのは銀時さんだけです。」
「そんな吐き気がするようなメニュー、夕葉が作る訳が無ェだろ。」
晋助様と声が重なって、密かに喜ぶ横で。銀時さんは「ヅラ、2人が夫婦でいじめる。」なんて言い出して、
私が「夫婦じゃないです」と否定するのも聞かず、桂さんは「ヅラじゃない桂だ。」と話がずれている。

「何だよ、夕葉だって甘い物好きだろー?」
「好きですけど、甘味とごはんは別です。」

毎日滅茶苦茶で、話なんて通じない、常識なんて存在しない家族だ。
それでも、こんな日常が続けばいい、いや、ずっと続いてほしいと願わずにはいられなかった。






この5年間、ゆっくり時間をかけて得た私の日常だ。
私は母上が亡くなって、すぐに叔父上に引き取られた。母上と過ごした家には1週間もしない間に居られなくなった。
その理由は当然家賃が払えなかったからだ。武家の家でありながら、男児は居ない。私が婿養子を取ることも出来たが、その年齢には達していない。お家断絶である。もしかしたら、この頃から杉家を潰す計画は始まっていたのかもしれない。
母上は生前、叔父上に「私が死んだら夕葉をお願いします」と手紙を出したらしい。その時期、既に母上は1人で外に出られる状況では無かったのに、その手紙が届けられたのには晋助様の働きがあったようだ。

叔父上と銀時さんと同じ家で暮らし始めて、何か変わらないものが欲しくて、晋助様の家を訪れる事が増えた。
奥様は相変わらず私に良くしてくださったし、母を失った可哀想な娘として扱わなかった。
その頃、私の周囲は「可哀想に」と言うばかりで、誰も助けてくれなかった。それしか掛ける言葉が無いのだと分かっていても、正直うんざりしていたのだと思う。前はどんな事も前向きに捉えられたのに、可笑しいな…。
クシャリと自分の前髪をつかんで、光を失った目を隠す。母を失った自分に、いつかの物語を重ねた。
「もしも、…もしも、ですよ。私が晋助様の家に嫁いだら、それこそ落窪姫みたいですね。異国にも同様のお話があるのだそうです。異国では、裕福で無い女性が、身分の高い男性に見初められて幸せになる事を"しんでれらすとぉりぃ"と言うそうです。」
「お前は落窪なんかじゃ無ェ。俺と母上が唯一の味方じゃ無ェだろ。母上のことは悲しいことだが、お前の真っ直ぐな目が好きな人間は沢山居る。意地悪な継母と姉妹に囲まれた落ち窪んだ場所じゃ無ェ。お前には広い世界があるだろーが。」
その世界が見えなくなった時は、俺が思い出させてやる。もし暗闇に居たら、腕を引っ張ってくれる。
私は、いつまで経っても、この人に似合う女性にはなれない気がした。
それでも、いつかこの人が光を失う日が来たら、光を取り戻すまで側に居たい。だから、出来るだけ長く、あの約束が続くように願う。

そんな時、藩政の中で叔父上のことが議題に上がった。時勢は少しずつ変化し、幕府は攘夷の思想を捨て、天人と呼ばれる宇宙人たちに、国を売った。そんな時代に、叔父上が子どもたちに攘夷の思想を植え付ける危険人物とされたのだ。
その血縁者である私は、藩の重要人物から遠ざけられた。当然、高杉家への出入りを禁じられた。
高杉家の旦那様は以前から私のことを良く思っていなかったが、奥様の強い要望で許されていた事。
直接、旦那様から忠告され、一度は晋助様と共に反抗した。しかし、傷つくのは私ではなく、晋助様や奥様だ。
晋助様は罰として、倉に閉じ込められたと聞いた。
「(ずっと、なんて言っていたけれど…。)」
こんなにも簡単に、側に居られなくなってしまった。

街に居れば罵声を聞くこともあった。器用な優しさでは無かったけれど、銀時さんはいつも私を励ましてくれた。
買い物と、食事の支度は私の仕事だったけれど。この頃は銀時さんも一緒に歩いてくれていた。コソコソと話す人たちを何度も、やる気の無い目で睨んでくれてるのを知っていた。
「どいつもこいつも、人のこと気にして暇だな。ガン飛ばしてんのは気にしないクセに、」
「睨んでたんですか?銀時さんの目じゃ効果無いですよ。」
「オイオイ、傷つくんだけどー。コンプレックスなんですけどー。」
そうやって、銀時さんと話していたら笑いがこみ上げてくる。この人が居るから、悲しい気持ちを前面に出さず過ごせているのだと思った。









次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ