ただ、あなたの隣に。

□2.めまぐるしくも曖昧に過ぎる時間を、
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数日後、真夜中に戸を叩く音がした。恐怖と戦いながら、そっと戸に近付く。
「夕葉、俺だ。」と小声が聞こえて、開けようとすると、外で「俺だ俺だって、オレオレ詐欺かコノヤロー」と聞こえる。
「銀時さん?」
その声には確信して、戸を開ける。そこには「不審者捕まえたぞー。」といつも通りの目で、鼻をほじりながら、反対の手で晋助様の襟をつかんでいた。って、あれ、…銀時さんの隣に居るのは…。
「晋助様?!」
2人が同時に人差し指を口元に持ってきて「シーッ」と言う姿を見て、私も自らの手で口をふさぐ。
「晋助様、どうして…。」
縁側に座り、2人も座るように促すと、疑問をぶつけた。
「会いに来たに決まってんだろ。」
いつものように、顔を逸らされず、まっすぐ見つめられる。満月の明かりで見えた彼の顔。その瞳に吸い込まれそうだった。
「おい、俺は無視??無視なの??」と横から聞こえてきて、ついでに「銀時さんは何してたんですか?」と問えば、「小便。」と何とも呆れるような答えが戻って来た。
帰って来た所に、偶然声が聞こえ、実際泥棒かと思って近付けが背丈は自分くらい。呆れながら捕まえたそうだ。
そんな銀時さんにも、「幽霊??いやいや無い無い。無い無い無い、そんなのあり得ないから。居る訳無いからー。どっちかっつーと泥棒であってくれー。」という葛藤があったらしく、その声を聞いていた晋助様によってあっさりバラされる。

「いや俺は夕葉の代わりに怖がってあげただけだから。俺が居なかったら、夕葉だって怖い思いしたから。」
銀時さんは頑固だから、怖がりなのを認めない。私は「はい、ありがとうございます。」とお礼を言って。
それを聞いたら、銀時さんも当然といった顔をしてから、「あんま遅くなるなよ」と残して去って行った。

真夜中に現れた彼に、「こんなことしてまで来ないで」と言う。また、晋助様が旦那様に叱られてしまう。
「約束したろ。俺がお前を守る。そんなお前が俺から離れてどうする。」と真っ直ぐな目で問う。
晋助様の気持ち、晋助様の状況、色んな事を考えると、何と答えていいのか分からなかった。

困ったように笑って、「分かってるよ」と言った後、こう続ける。
「夕葉、小野小町と深草少将の伝説を知っているか?」
「小野小町と言えば、六歌仙の1人で、絶世の美人と言われた方ですよね。けれど、そのお話は存じ上げません。」
「深草少将が小野小町に求愛すると、小町は"100日通って下さるのなら、"と言った。それから少将は毎晩、そうさなァ…今で言う5キロぐれェの道を通い続けた。」

「お前が100日通えってんなら、俺は親に何を言われようと通い続ける。だから言え。お前は俺が必要か?
俺の家や、親父や、藩政や、周りの人間抜きにして、お前は俺のことをどう思ってる?」
吸い込まれそうな瞳を見ていると、何も考えず、すぐに素直な言葉が出た。
「好き。晋助様が大好きです。」

晋助様は「ああ、分かった。」と顔を近付け、額を合わせる。お互いにそっと、瞼を閉じた。
「また会いに来る。」という声が近くから聞こえてくる。
それを残して帰って行った。それから、何日も続けて、夜通ってくださった。
ふと気になって、小野小町と深草少将がどうなったのか聞いてみた。
「少将は、100日目の夜、小町のもとに辿り着けなかった。それには雪のために凍死したとか、渡ろうとした橋が壊れたとか色んな説がある。」
「悲しいお話ですね、」
それだけ毎日通い続けてくださった方に幸せになって欲しかった、と思う。だから納得できる結末では無かった。
「俺はそうなっても後悔しねェよ。お前を想って死ねる。」
隣に座った晋助様が、私の頬に手を添える。三日月の光が、その表情を悲しそうに照らす。
「私は嫌です。1人にしないでください。だって、ずっと桜を一緒に見て下さるのでしょう?」
「…ああ、そうだったな。俺は簡単には死なない。お前を1人にしたりしねェよ。約束だからな。」


それから、3ヶ月ほど経った頃。いつも通り、私の部屋の縁側で話をしていると。
「もうすぐ、春だな。」
この前まで、寒さに体を震わせていた。縁側で喋ることは不可能に思えて、晋助様を部屋に招き入れる。
ただ毎日のように、日常のこととか最近読んだ本のことを話す。何気ないけど、今一緒に居られることは、いつだって奇跡のように思えていた。
少しずつ温かくなっていく。春の訪れを感じる季節。その言葉に、もうすぐ桜が咲く頃だと思った。
自分の髪にある桜の簪に触れ、「そうですね」と呟く。
「花見の時はお前が飯を作れ。一緒に桜の下で食べよう。それから、桜の話をしよう。平安時代の和歌や、自分が感じたこと。お前の思い出。」
晋助様の話から、一緒にお花見をすることを思い描く。今から楽しみで仕方なかった。月を雲が隠す。
けど、この空がどんなに曇っても、昼はその上に青空が、夜は無数に輝く星があるのだと、この人の側に居れば信じていられるような気がした。

いつも通り銀時さんと買い物をしていると、晋助様と桂さんに会った。「久しぶりだな」と言う桂さんに対し、晋助様は何も言って下さらない。
私たちの関係は秘密だと分かっていても、寂しさを感じてしまう。
「桂さん、お久しぶりです。お元気ですか?」
「ああ、相変わらず本ばかり読んでいる。夕葉と喋る事が減って寂しいと思っていたところだ。また、勉学について語ろう。」
嬉しくて「はい、」と答えようとしたところで、それは桂さんに迷惑がかかってしまうと思い留まる。結局私の口から出た言葉は「でも…」だった。
「気にするな。俺とお前は友達だ。周りが何と言おうと。」
それに、随分と世話になったしな、と微笑む桂さんに、私は素直に笑って頷く事が出来た。









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