ただ、あなたの隣に。

□2.めまぐるしくも曖昧に過ぎる時間を、
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「こいつ借りてく。」
すると突然、私の腕が引っ張られる。反対の手に持っていた夕飯の食材を奪い、銀時さんに渡すと、そのまま銀時さんたちの声も聞かず前に進み続ける。
「晋助様??私と居るところを見られたら…」
「うるせー。付いて来い。」
周囲に止められていたから、昼間に会ったのは3ヶ月振りくらいだ。晋助様に迷惑がかかると後ろめたさを感じながら、この時間は心地いい。
私は何て自分勝手なんだろう。着いた場所は、大きな桜の木の下。まだ花は咲いていなかったが、沢山の蕾がその時を今か今かと待っている。

「俺だって、周りなんか気にし無ェで、……お前と一緒に居たいんだがな。」
私の腕をつかんだまま、背を向けて呟かれた言葉は何か分からなかった。

「雲にまがふ 花の下にて ながむれば 朧に月は 見ゆるなりけり…、まァ夜桜もいいだろうよ。」
少し切なげに、まだ蕾だらけの木を見上げて言う。
「誰の歌ですか?」と問えば、西行という桜の歌を多く残した人だと言われる。晋助様は私の知らない事を沢山知っている。
私も、もっと知りたい。今日帰ったら、叔父上に本を貸してもらおうと決めた。

すると、「おい、高杉。」と声をかけられ、2人で一緒に振り返る。そこに居たのは数人の藩校に通う男の子たち。
藩校に通っている、ということは皆武家のご子息だ。
「お前、最近、藩校に来てないだろ。それどころか夜な夜な出掛けて、勘当されるって噂だぜ。」
「前から勉強はつまんないって言ってたもんなー。」
ニヤニヤとこちらを見てくる男の子たち。
「勉強?お前らがしてる勉強なんか、俺はとっくの昔に習った。行くだけ時間の無駄だ。」
勘当の事は否定しないのだろうか?それに、夜抜け出してることがバレているのだ。

「おい、そっちの女は?へー、結構可愛いじゃないか。誰か許嫁が決まってるのか?」
「アイツだよ、吉田松陽の姪の。」
驚いた様子だったのは、私が晋助様と一緒に居た事。それから、不相応な立派な着物を着ていたことが原因だろう。
この御着物は、高杉家の奥様からいただいたものだ。奥様が幼い頃に着ていたのだという。高価なものだと何度もお返ししようとしたが、それは叶わなかった。
こうして叔父上を否定的に見る人が増えた今、少し落ち込んでしまう気持ちを、この着物が前向きにさせてくれる。
これを着ていると、少しだけ奥様や母上のような素敵な女性に近付ける気がして。私はこの頃、外出する時は奥様の着物で出かけるようになっていた。

「ああ、あの女のクセに兵学を学んでるとか。」
相手の視線から、気持ちが伝わってきてしまって反感を持つ。
「女が学んではいけないでしょうか。…私は、女性が学ぶことは必要だと思います。
女性の目線で考えることが出来ます。そのために知ることは必要なのです。」
私の目の前に居る男の子たちを見回しながら、しっかりと自信を持って伝える。こんな事を言う女は珍しいのか、しばらく彼らは何も言わなかった。
そして、私がこれまで誰かに教えて貰ったこと、話したこと、本を読んでワクワクしたことを思い出して笑みがこぼれてしまう。
「それに、学ぶことが楽しい。私が楽しい事、やりたい事を貴方たちが止める権利はありません。」
誰も何も言わなかったのに、1人が「ほら!」と声をあげた。
ほら見ろと、浴びせられる声。
「学問をする女は生意気になっていけねェ。そういう女は可愛く無ェんだ。いい嫁にはなれねェよ!!」
これを境に、他の子たちからも同意の声が聞こえた。自分が思っていたより落ち込んではいない。
女が学問するべきじゃない、これは幼い頃から言われてきた事だ。気になるのは、いいお嫁さんになれない、という事。
でも、今視線の先に居る人たちがどう思おうと関係ない。私が気になるのは、今隣に居る人がどう思っているのか、ということだ。
目だけを横に、晋助様の方を見る。すると、彼は笑ってた。
「お前ェら、やっぱりつまんねェヤツらだな。」
晋助様の声に、「何だと?!」と言う男の子たち。それに全く動じず、彼は笑ってた。
「お前ら見る目が無ェよ。俺は、こんな良い女に出会ったのは初めてだ。やっぱりコイツと居ると面白ェ。」
そう言って、私を引き寄せると、フと笑みを見せてからその場を立ち去った。

少し歩いてから、立ち止まる。私が不安そうな表情をしていたのか、「どうした?」と困ったように笑って私の顔を覗く。
「だって、学問をする女は殿方に意見するから可愛らしくないんでしょう?」
そう言って初めて気づいた。今まで側に居たいっていつも願ってきた。でも、自分はこの人にふさわしくないと思ってた。
晋助様は特別で、これは恋なんだって知ってた。でも、似合わないって。それなのに、こうやって不満に思ってるって事は。
「(私、この人の……お嫁さんになりたい、って事なんだ。)」
そう思った瞬間に、また頬が温かくなる。
「お前はそれでいい。そこが面白ェんだ。」
私が目を輝かせたのを見てから、「まァ、女らしくなりてェなら琴でも始めろ。」と言われる。
「琴なら母上が持っていたものがあります。以前からやってみたかったのですが、教えてくださる方が居なくて…。晋助様が教えてくださいますか?」
「ああ。」
きっと、晋助様は私の部屋に琴が出してあるのを見て、私が自力で弾こうとしていた事を知っていたのだと思った。
「あと、和歌も知りたいです。晋助様は沢山知っているもの。それから、…」
溢れ出しそうな私の知りたい病を「あァ、分かった。」と制して。それから、「これからも一緒に居る時間は長い。そんなに焦るな。」と笑われた。

「アイツら、成長してもっと綺麗になったお前を見たら後悔するだろうよ。」
太陽が茜色に染まり始める。晋助様は前を歩きながら。
「俺の嫁が羨ましいって言わせてやる。」
その呟きは、私の気のせいでは無いと思ってもいいのだろうか。後ろから見た彼の耳は、夕日のせいか、照れのせいか、赤く染まっていた。











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