ただ、あなたの隣に。

□3.綻びだらけの笑みを浮かべる
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その頃、時代は刻々と変わろうとしていました。天人と呼ばれる地球外生命体が襲来し、江戸は混乱。鎖国をしていたこの国も、想像を絶するほど文明の発達した天人たちに逆らう事は出来ずあっさりと開国して、数年。冷ややかな目で見られることは今までもあったけれど、この頃には開国に反対する者たちが捕縛されるようになっていました。
「叔父上、お願いです。これ以上危険なことはおやめください。」
叔父上は優しい顔をして、どこか激しく燃える炎を上手に隠す事が出来ない人だった。不器用で、自分の信念は曲げられない。私も、そういう叔父上が好きなのに。命を危険にさらすような事だけはしないで欲しい。相反する気持ちを抱えたまま、その事を伝えたのに。叔父上は、まっすぐに不器用さを貫いた。だから遂に、叔父上は捕らえられた。それは晋助様たちも同じようで。
叔父上が帰ってくることを願い、それでも何も出来ない自分を怨むばかりの日々が終わる時が来た。
「夕葉、席を外せ。」
「お邪魔、ですか?」
「………茶を淹れて来て欲しい。」
とある夜のことだった。家族のように思っていた人たちが、私を除け者にして蝋燭を囲む。みんなの表情から、ただならぬ状況であることを察した。
桂さんにお茶を、と言われてもすぐに動くことはできなかった。どうして、私はここに居てはならないのか、理解できなかった。
でも、「夕葉、頼む。」と晋助様に言われると私は逆らうことができなかった。辛そうに、私を気遣って。無理に笑っていた彼の気持ちを裏切ることはできなかった。
「はい、」
お茶をいれて部屋に向かったが、熱い議論は静まる様子もなく。このお茶だって、ただの口実で。みんな口も付けず、意見をぶつけ合うのだと分かっていた。
それでも、私が襖をそっと開ければ、こちらに気付き、「ありがとな、」と晋助様が言うだけで、私は素直になれなかった。眉尻を下げて、笑みを浮かべ「はい。」とお茶をお盆のままそっと置いた。
そして、「今夜は遅いので先に休みます。」と理由をつけてその場を離れた。自分の心に逆らって。それでも、晋助様を好きな私は、これで良いと思えた。
今後を想うと眠れるはずもなく、こんな夜は星を見上げたいと雨戸を開けると、夜空からは霧雨が静かに、優しく地面を包んでいた。
ゆっくりと、知らぬ間に立ち籠める暗雲が私達の少しずつ違ってしまう未来を暗示しているように思えた。
昨日まで月明かりに照らされた紫陽花を美しいと思っていたのに、紫陽花はもう視界に入らなかった。只々、暗い空だけが私の心さえも覆い尽くしていった。

しばらく、縁側に座ったままで考え事をしていた。
何度も引き裂かれそうになったけど、もう限界なのかな。私は、晋助様の側には居られない。
ずっと一緒に居たから分かる。彼らは自らの意志を曲げない。同時に私を巻き込みたくないって思ってる。

その時、目の前の庭から草履で土を踏む音がした。
顔を上げると、困ったように晋助様が笑っている。
「風邪ひくぞ。」
「晋助様こそ、雨の中そんな所に居ては風邪をひきます。」
でも、あなたは雨の日も風の日も。私の元に通ってくださいました。何日も何日も、深草少将のように。
もう私の元には来て下さらなくなるの…?

細い雨は静かに彼の肩を纏う。そして、彼は皮肉にも笑っていた。
「……俺は、戦に行くことにした。」
「戦、ですか…。」
「この国は今、得体の知れねェヤツらに乗っ取られようとしてる。ココは侍の国だ。俺達は、それを黙って見過ごすことは出来ねェ。」
「私も…」
「お前は連れて行けねェ。」
私の言葉をさえぎって、彼は続けた。郷に帰れ、と。でも、私には帰る場所なんてない。
「私の家族は、貴方方以外に居ません。郷に帰っても、家族もいない、家もない。そんな私にどうして欲しいのですか…。」
「どこかに嫁げば良い。」
鐘が響くように、その音がゆらゆらと私の中で木霊する。その音に、私はただ目の前を歪んだ景色を見ることしかできなかった。しばらくすると、心が軋む音がした。返答の無い私に、また彼は残酷な言葉を並べるのだ。
「他の男に幸せにしてもらえや。新しい家族を築けばいい。」
でも、その表情はくしゃくしゃだった。それでも、無理に笑おうとしてた。
「そんなこと、…出来るわけ無い。普通の幸せなんて要らないです。幸せにしてほしいなんて思ってない。ただ、貴方と毎年桜を眺められたら。それだけで。…例え、桜が見えない場所でも、私は貴方の側に居たい。私は…、貴方となら、誰に不幸だと言われようと、………」
ぼろぼろと涙がこぼれ始めたとき、晋助様に口を塞がれた。
「んッ……、」
雨の雫なのか、彼の涙なのか分からない水滴が私を濡らす。口付けが深まり、私の冷えきった心を溶かしていった。
「夕葉、このままじゃ風邪ひいちまうよな。」
「え、あ、…はい。」
晋助様は複雑な顔をしていた。困ったように笑って、でも何かを決めたようにも見えた。
距離が詰まると、縁側に座っていた私は更に彼を見上げることになる。戸惑う私を抱き上げて、布団まで運ぶと、そっと横たえた。
「晋助、様………?」
彼は私の横に手を付き、髪から雫を落としながら私を見つめる。悲しそうだった。悔しそうだった。皮肉っぽく笑ってから口づけをされる。
「俺が風邪をひかねェように、お前が温めてくれや。」
「……、」
「こういう時は、人肌で温めるのが一番なんだぜ。」
「…………、…はい。」
彼は私の返事に驚いた、という表情を見せ、同時に顔を赤らめた。そして、再び口づけを降らす。それがまた少しずつ深くなっていく。
上手く呼吸ができなくて、苦しかったけど抵抗はしなかった。男の人と女の人が、これからどんな行為をするのか、幼すぎた私に知識は無かったけれど。これからするのは、特別な人としかしてはならないことで。晋助様が、この行為を以って最後の思い出にしたいことも理解出来た。私も彼も口にはしなかったけれど、切なくて泣きそうだった。この時間が永遠になるように願わずにはいられなかった。初めての事で怖かったけど、彼が私を求めてくれていることが嬉しくて。彼が愛おしくて、そして彼の腕の中は温かくて、心地良かった。きっと、明日の朝には目の前にこの人は居ない。涙を流しながら、それでもいつの間にか疲れて眠ってしまっていた。













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