ただ、あなたの隣に。

□4.僕らが見つけたふたりの出口は
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この環境で何も起こらない自信が無くて、寒さに震える自分の身体を抱きしめる。

再びくしゃみが出た時に、「温めてやろうか?」と怪しく笑う彼が居る。
これはきっと、冗談を言って、私をからかっている目だと思って、「お気持ちだけで十分です。」と言えば、フと笑みを浮かべて、「人肌で温めるのが一番だよなァ」なんて言い出した。
これ以上、距離が縮まれば、私は彼を受け入れてしまうような気がした。
「言って良い冗談と悪い冗談があります。私には婚約者が居るのですよ。」
「知ってらァ、それでも過ちを犯そうってんだ。俺の気持ちいい加減分かれや。」
「分かりません。」
「じゃあ、既成事実だけでも作っとくかなァ。それで、お前は俺のモンだろ?旦那が知ったら、どんな顔をするんだろうな?」
ククッと喉を鳴らすと、少しずつ私に近付いてくる。
「やめてください、貴方はこんな事をする方じゃありません。私では無くても、貴方の側に居る女性は沢山居るでしょう。」
「あァ、女には困らねェ。…けどなァ、俺のココが求めるのはお前だけだ。お前だってそうだろう?」
彼は親指で自分の胸を指す。心が、私を求めている。そんな事、言わないでください。

「大好きだった恩師の面影を追って、その姪を囲うなど。平安時代の物語のようですね。」
自分の気持ちに素直になることを禁じられた私は、そうやって憎まれ口をたたいて大好きな人から視線を逸らす。
「……そうだな、」
彼も、口角を上げたまま視線を伏せると三味線の弦を弾いた。


そうだ。だからこそ、私はあの日行方を晦ましたのだ。
彼らの恩師であり、私の唯一の身内である叔父上が亡くなった日に。






実家の養子になって、他の男に嫁げ。大好きな人にそう告げられ、無理矢理二人の男性に連行された私は、籠で高杉家に運ばれた。変わらず立派なお屋敷があって、私は躊躇いながらその庭の土を踏んだ。
「夕葉ちゃん、…??」
相変わらず美しい奥様が、7年以上も経ったのに私に気付いてくださった。
「綺麗になったわね、」
籠から降りたばかりの私を会いたかったと、抱きしめてくださった。
「……どうして、」と私は言葉をこぼす。
「分かるわよ。大きくなったし、綺麗になったとは思ったけど、あの頃から…」
私は首を振って、「私は、貴女から晋助様を奪ったのに、」と呟く。
「そんなこと、……」
戸惑う奥様に、旦那様が「その通りだな。」と厳しい声でピシャリと言い放った。
「旦那様、」
「高杉家の大切な嫡男を奪われた。それを今更養子になど……、」
愚痴を並べる旦那様を前に、奥様が長旅で疲れただろうと部屋に案内してくれた。その途中、長い廊下で綺麗な女の子と目が合った。同い年くらいだろうか。女の子は悲しみの篭った瞳で私を睨んでいた。
「よく平気な顔でこの屋敷に入れたわね。」
「申し訳ございません…、」
「アンタのことも、お兄様も大嫌い。アンタ達2人の所為で、私は…ッ」
奥様に「おやめなさい、」と制されて女の子は悔しそうに去って行った。
彼女は晋助様の妹さんで、私がこのお屋敷に通っていた頃、喜んで私の作ったおはぎを食べてくれた事があったと思い出した。嫡男である晋助様が勘当された事で、彼女が婿養子を迎え高杉家を継ぐことが決まっているらしい。
ただ、彼女には幼馴染の想い人が居て。本来はその方とご成婚されるはずだったと、聞いた。

「(やっぱり、私は晋助様と一緒になってはいけないんだ…、)」
旦那様は「お前を何としてでも利用してやる」と仰っていて。私はお屋敷の女中として働いていた。
奥様は高杉家嫡男の許嫁として扱ってくださっていたが、晋助様がそれを望んでいない事は重々承知だった。

このお屋敷の方々が私を見る度に傷ついた表情をする。憎まれた方がよほどマシに思えた。
屋敷中から「奥様もお可哀想に。大切なご嫡男を奪われた女子に、」「裏切られたのに、なんとお優しい、」「お嬢様が不憫で」と口ぐちに非難を浴びた。
程無くして、叔父・吉田松陽の訃報が届き。私はそれを機に高杉家を逃げ出した。
理由は、斬首された人間の親戚が由緒ある高杉家に居ては世間体も良くないだろう、ということが1つ。そして、晋助様にとって恩師の死は辛くて苦しくて、この世や自らも憎んでも憎み切れない出来事だったと思うからだ。
「(晋助様は優しい方だから、)」
その姪である私が晋助様の視界に踏み込むことは、彼を傷つけるばかりだと思った。
弱い私は、ココに居ることが辛くて辛くて。それを勝手に人の所為にして、理由を付けて逃げ出した。










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