ただ、あなたの隣に。

□4.僕らが見つけたふたりの出口は
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行く宛ても無かったが、最後に一目晋助様のお姿を見たいと思い。東に向かった。
江戸に向かい、噂を辿って着いた先に晋助様は確かに居らっしゃった。
戦が終わり、彼の周りにかつての仲間は居なかった。側に居たのは、可愛らしい女の人で。女性が笑って何かを話せば、彼はそっと彼女の頭を撫でていた。
「(もう一緒に居ることは叶わない、)」
そう分かっていたはずなのに、私の胸は痛んだ。

何も持たない私は親切な方のご厚意で長屋に住み針子仕事や農作業をして過ごした。そのうちに懸命に働く事を評価され、とある料理屋に紹介された。調理場でレシピを考えたり、仕出しを手伝ったり。
お客様に料理を出していたある日、町で料理を食べるのが好きだという変わり者のお武家様に大奥に上がるよう勧められた。
「ただの町娘が大奥になんて、大出世じゃないか。」
「夕葉ちゃんは器量が良いから、いつかいい縁があると思っていたよ。」
女将さんや旦那さんの勧めもあり、私はかつて憎んだ江戸城に入ることとなった。
大奥でも、下働きから始まり。懸命に働く内に私の知識量が認められ、少しずつ立てていただけるようになった。
そして御鈴廊下に並んだ時初めて、私を大奥に登用した変わり者が将軍茂々様だと知る。

戦が下火になった頃、江戸城が突然襲撃される事件が起こった。私は自らも薙刀を持ち、大奥を守るための戦術を練った。いかにして姫様方をお守りするか、出来る限りの力を尽くし貢献したつもりだ。
無事に江戸襲撃を乗り越えた時、閉ざされた大奥から空を見上げて思った。
「(世界を変えるために、外から攻撃するのでは無く、中から変革することを目指していた私が…)」
いつの間にかここに居る人たちを好きになっていた。
ここに居る女性たちは、この時代数少ない職業婦人だと呼べることだろう。町娘出身の女性が出世を夢見ることが出来る場所。将軍様以外に淡い恋心を抱く公家出身の方も居て。様々な女性たちを、それぞれが人間らしくて愛おしいと思えた。
噂が地方に伝わり、高杉家の奥様から私宛に文が届いた。
「夕葉様お荷物が。」
その荷物は全て晋助様から私に宛てられた手紙で。奥様は高杉家でそっと預かっていた物を送ってくださったのだ。
添えられた奥様からの手紙には江戸城を守った大奥の夕葉と言う町娘出身の者が居る、という噂を聞いて確実に私だと分かったそうだ。あなたほど兵法に精通した女子は中々居ないでしょうから、と奥様のふふ、という優しい笑い声が聞こえてきそうな言葉が綴られている。
今や私は晋助様たちとは違う立場にあって、それどころか彼らの敵である幕府に仕えているなど裏切りもいいところだけれど。それでも、彼からの手紙を読むと愛おしさが溢れて、手紙をそっと抱きながら涙を流してしまった。
どうして、初恋というものは何年たっても消えてしまわないのでしょうか。厄介な恋心を引きずってしまったものだ、と思う。
どれだけ忙しくても。桜に。紫陽花に。暖かな日差しに。霧雨にも夕立ちにも。満月にも星空にも。何かに触れる度、彼を思い出してしまうのだ。


将軍の正妻に仕え、大奥の頂点とも呼べる場所に居た私だったが、久々に外の世界が見たいという名目で奥を退き。
また新たな生活を始めた。大奥は古いしきたりに縛られていたが、知らない間に外の世界は大きく変わっていた。
天人が我物顔で歩く事が当たり前で。
「きゃばくら………?おかまばー………?」
知らないお店が沢山出来ていて、幼子のように「あれは何?これは何?」と聞いて回らなければならないようだ。
けれど、親切に教えてくれる先生はもう居ないし。
考え込んでいると、「お姉さん、うちの店で働かない?」と軽そうな男性に話しかけられた。
「えっと、…遠慮、しておきます、……」
その人の言う"うちの店"がどんな店なのかは分からないが、雰囲気的に普通の料理屋さんや甘味処では無さそうだ。
「そんな事言わないでさ、お姉さん可愛いし。絶対No.1になれるって。」
「いえ、そういうの興味無いので。」
興味ないと言っているのに、腕を引っ張られて困っていたところ。
「申し訳ない。私の連れがどうかしましたか?」
後ろから柔らかい男性の声がした。
「あッ、えっと、…」
「一緒に歩いて居たのですが、彼女最近田舎から出て来たばかりで。周囲のものが珍しく、いつの間にかはぐれてしまったようで。…ご迷惑をおかけしたなら申し訳ない、」
その人は適当な言い訳をして、物腰柔らかに事情を説明した。
「べ、別に…ッ、じゃあ、お姉さん、今度ははぐれねーように気を付けろよ!!」
軽そうな男性は、意外にも良い人だった。まあ、少し離れたところで舌打ちをして「男連れかよ」と言っていたけれど。
「助けてくださってありがとうございます。」
「いえ、突然介入してご迷惑かと思ったんですが。助けになったようで良かったです。」
その人は柔らかく笑って、そう言った。これが後に婚約者になる彼との出会いだった。その人は、比較的大きな商家の跡継ぎで。私は住み込みで働ける甘味処を紹介してもらい、同時にお休みの日は近所にある寺子屋で先生のお手伝いをしていた。
その人は週に1度程甘味処に来てくださった。その時は、女将さんが気を使って「休憩しな、」と言ってくれるので、賄いの甘味を食べながらお喋りをした。一緒に街を歩く機会も増えて行くと、私は大奥に仕えていたことを告げ、変わってしまった外の世界について分からない事は何でも彼に聞いた。やっぱり新しい事を知るのは楽しい。
「あれは何ですか?」
「コンビニと言います。食べ物や文房具、雑誌や本に至るまで様々な商品が置いてあります。」
「それは便利ですね。」
「調理された状態の食品などもあって、とても便利なんですよ。」
「それは思いつきませんでした。新しいお商売の形ですね。」
天人が偉そうにしているのは、あまり良いとは思えないし。ふと、懐かしい景色が消えてしまった事を悲しく思う時もあるけれど。今の時代は女が学ぶなんて、と冷ややかな眼で見られることも無い。
「……あなたは変わらないですね。」
「え?」
「いえ、何でも。」
そうしている内にその人に惹かれ、婚約まで至った。
それでも私は、…
「…どうかしましたか?」
ふと立ち止まると、触れ合うものに晋助様を思い出してしまう。
「あ、いえ。桜が綺麗だな、と思いまして。つい見とれてしまいました。」
一緒に桜を見なくなって、どれくらい過ぎたのだろう。
「ええ、とても綺麗ですね。」
見上げるその人が少し切なそうに見えて、私は他の男性を想ってしまう自分を申し訳なく思った。








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