ただ、あなたの隣に。

□4.僕らが見つけたふたりの出口は
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曲の終わりを告げるように三味線が強い音を響かせると、晋助様が口を開いた。
「…光源氏が心から求めていたのは誰だったんだろうな、」
戦国時代の戦について兵学の観点から語り合うこともあったけど、平安時代の文学だとか和歌だとか。そんな話も沢山しましたね。そんな懐かしさをおぼえながら、私は眉尻を下げて。あの頃のように尋ねるのだ。
「桐壺の更衣でしょうか。私は、光の君は藤壺様にも紫の上にも、自らを産んで間もなく無くなった母親の面影を追っていたように思います。」
「そうかもしれねェな。決められて一緒になった女も居れば、興味本位で近付いた女も居る。けど、俺は、…それぞれ好きだったと思ってる。」
「……そうですか、」
「面影なんかじゃねェ、…お前も分かってんだろ。俺が本気でお前のことが好きだった、って。」
余裕な笑みが消えて、私をまっすぐに見る真剣な眼差しに。私はまた心を奪われる。
真っ直ぐに見つめられて、そこから視線を外せなくなる。このまま、この人だけを見ていたら、きっとその腕の中に飛び込んでしまう。今すぐに目を逸らさなければならないのに、私の心がまだ見つめていたいと願う。



「あの日先生に言われた。もし叶うなら、お前を頼むって。俺は、何に代えてもあの人を守りたかった…、…………けど、先生はそれを望まなかった。」
私はこの時初めて、彼が叔父上が亡くなった時晋助様達3人が居た事を知らされた。

知ってたか、と晋助様が語る。叔父上が捕縛され連れて行かれたあの晩。叔父上は取引を持ち掛けられた。
町一番の美人だという私を差し出せば、見逃してやらない事も無い、と。

―「あの子は渡せません。私の大切な家族です。そして、あの子には既に心から慕う男が居る。その男と一緒になるのが、きっと幸せです。それがどんな道だとしても、ね。
人並みのお金持ちと結婚する、なんて彼女は望んでないと思います。私は、唯一の家族である彼女には幸せになって欲しいんですよ。だから、そのお願いは聞くことが出来ません。」

「知らなかった…、」
「…だろうな。俺も知らなかった。……勘違いするなよ。お前の所為で先生が捕まった訳じゃ無ェ。」
目の前に居る怪しい男の優しい言葉に、戸惑いながら「はい」と返事をする。

「叔父上には分かっていたんですね、…」
ため息と笑みが同時に零れる。
「…私、今でも鮮明に覚えています。…あなたは本当にいつもズルくて。」
あの日の切なさを思い出すと、今でも喉を締め付けられて息苦しくなるような感覚になる。
初めて抱かれた日。あなたは私に「幸せになれ」と言ったけれど。
「……あなたに幸せにしてほしいなんて思った事は無いです。寧ろ、私があなたを幸せにしたかった。ずっと、大好きなあなたに笑っていて欲しかった。願わくば、私の隣で。」


彼は、ふと笑って。「何も知らないお前を無理に抱いて悪かったな。」と呟いた。
無知だった私のハジメテの経験。

「あの日、…ヅラには"夕葉の初めては全部俺のモンにしてェ"とか言ってたが、」
今でも一番好きな人の言葉に、ドキリと胸が鳴る。
「本当は、初めてだけじゃねェ。お前の全部俺のものにしたかった。一生他の男なんて知らなくていい、他の野郎になんて、……。けど、あの時は言えなかった。…俺も同じだ。お前に笑ってて欲しかった。」

二人の言葉は全て過去形だ。
それが、今はもうあなたを選べない事を表している。

行く先は地獄だって分かってたのに、側に置きたいという矛盾した想いがあったのも事実だ。
だから、必死で追いかけてくる私を止める事が出来なかった。
けど、あの時―…

「他の野郎に襲われるお前を見て、俺は我を忘れて仲間を殺したい衝動に駆られた。目の前でお前が奪われるのは耐えられねェ。だから無理矢理引き離した。」

悲しそうに笑う彼は、やっぱりズルい人だと思う。私は、今あなたの事ばかり考えている。
きっと、あの時引き離されていなければ同じような事はまた起こったと思う。

でも、どうして、今更なんだろう…
「何故、今なのですか。…どうして、…ッ、」

「耐えられなかったからだ、お前が他の男と一緒になることが。…今更、だよな。けどよォ、消えてくれねェんだよ。お前が。毎晩のように夢を見る。お前が俺に笑いかけてくれたり、泣きながら俺の名前を呼ぶ。」

涙が溢れかけて、私はやっとその人から目を逸らす事が出来た。暗がりに横顔を向けて、涙を隠したかったのだ。
必死で初恋から目を逸らして、"今"を見ようとする。今、目の前に迫った"幸せ"を。今居る"大切な人"を。

「そんなものは、ただの夢です。私は変わりました…、もう今更……。あの人と一緒に生きていく、そう決めました。今日何度も言ってますよね、もう遅いって。今更そんな事言われたって、何も変わりません。」
「じゃあ、泣くな。期待させるような熱っぽい視線を見せるな。心に決めた男以外に隙なんて見せるな。」

今更言われたって、私の決意は揺らがない。そう思っていたいのに、心が違うと叫ぶ。
雨がかき消してくれることを願うばかりで、抗うことが出来なかった。
このまま、目の前に居る大好きな人に委ねてしまいたい。全部彼のせいにして、このまま。
ズルい私が、誰かを傷つけてまで初恋を引きずって。やっとつかみかけた普通の幸せを捨ててまで、この危険な男の胸に飛び込もうとしている。








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