ただ、あなたの隣に。

□5.あの日手放したものが
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目が覚めると、辺りは暗くなっていた。身体の中が熱くて、気怠い。
でも、肌の触れ合った目の前に居るその人がどうしようも無いくらい愛おしくて、今朝と同じようにその前髪を撫でる。
そして、もう一度「好き。」と囁いた。
「でも、嫌い…じゃ無ェよな。」
隻眼をゆっくりと開いて、私を見つめると少し不安を滲ませて笑う。
「大好きです。嫌いになんて、なれません。」
「そりゃ良かった。お前を抱いた事が夢で、今朝と同じように離れていくかと思った。」
抱きしめる力が強くなり、その人は何度も交わした口付けをする。
「もう手放さないんですよね?」
「ああ、もし逃げたら、また攫いに行こうと思ってたところだ。」
もう一度優しくキスをして、晋助様はそろそろ身支度をするように言った。

「身体、怠いか?」
「そ、そうやって気遣うくらいなら、もっと手加減してください!!」
恥じらって言う私に対して、「そりゃ悪かったなァ。」とニヤリ笑う。
「思って無いでしょう。」
「…辛けりゃ、テメェの言動を恨め。優しくしてやろうとした俺のタガを外したのはお前だ。」
顔を熱くして、やっぱり目を逸らすことしか出来なかった。
「支度すればいいんですよね!!」
「お前も言うようになったじゃねェか。」
着物を整えて、静かな霧雨の中その家を出た。

山を下りて、海辺に出ると港とは離れた場所に立派な船がある。
「しばらく、地球とはおさらばだ。名残惜しいが、また来年の春だな。」
「…はい。」
晋助様の手を取り、船室を歩く。皆が頭を垂れ、晋助様に挨拶をした。
噂に聞いた通り、彼は鬼兵隊の総督なのだと思い知る。
「ここがお前の部屋だ。」
案内されたのは豪華に装飾された部屋だった。
「広いお部屋。」
「そりゃ、俺と2人で過ごすんだ。これくらい必要だろ。」
「え?」
「何だ、不満か?」
「いえ、」
だからか、晋助様の匂いがするのは。
「これからは毎晩可愛がってやる。」
喉を鳴らすようにククッと笑いながら、私の顎を掬い顔を近付ける。
「遠慮します、」
「素直になれよ。良かったろ?あんなに、可愛く啼いてたたクセによォ」
「なッ!!」
ど、ドSだ!!この人!!あんなに、優しかったのに…!!
「今更後悔しても遅いぜ。今の俺にホイホイ付いて来たのはテメェだからな。」
「晋助様こそッ、後悔しても知りませんよ!私は、他の女性と違って殿方に意見しますし、一筋縄ではいかないんですから!」
「そこが良いんだろォよ。だから、テメェは面白い。」


そこにノックの音が響き、綺麗な女性が入って来た。
「晋助様、2日も帰って来ないから仕事が溜まってるッス。」
少し呆れた表情をしている彼女は、来島また子さんと言うらしい。頭を下げて簡単に挨拶を交わすと、晋助様は「ああ、今行く。」と返事をした。
「………待ってろ。すぐ帰ってくる。」
そっと、頭に手を置かれ、甘酸っぱい感覚に胸がざわめいた。



私は、部屋の中を歩き回る。今日から生活する場所、大好きな人が居る場所。
でも、まだ落ち着かなくて。

晋助様が使っている書斎だろうか。机の上には、筆と和紙がある。便箋とかペンだとか、沢山の便利な文具にあふれた現代において、敢えて筆と和紙を愛用するところが彼らしい。
ここに座る彼も素敵なんだろうな、なんて想いながら腰を下ろす。
私は、指輪の外れた左手の薬指を見つめて、罪悪感に目を逸らした。

先程、晋助様に抱かれた時。彼と指を絡ませた瞬間に、私はその指輪の存在を思い出した。
どんな表情をしていたのか分からないけれど、その時も今みたいな罪悪感に支配されて、婚約指輪を見た。
「もう俺以外見るな。」
晋助様は、少し傷ついたように、そして嫉妬に狂ったみたいに深いキスをして。沢山痕を付けた。
そして、そのキスの最中に私の指からそれを抜き、投げてしまった。

船室から見える青い海。
幸せに溺れない為に、今のこの想いを忘れない為に、私は筆を執り、届かない手紙を書いた。

あなたの為に涙を流す権利なんて無い。
けれど、優しかったあの人を想うと、涙がこぼれた。



《裏切ってしまってごめんなさい。きっと貴方を深く傷つけてしまった私は、生涯貴方に許しては貰えないでしょう。
けれど、これだけは伝えさせてください。私も、あなたと出会えてよかった。今の私は、貴方と出会ってからの私です。》

あの人が私にそう言ってくれたように、私は…
あなたと出会ったから、今の私…なんて、残酷だろうか。




その頃、私の帰りを待つ人は真選組の屯所へと駆け込んでいた。
「私の婚約者が帰って来ないのです。恩師のところへ墓参りすると残して…。攫われたのではないか、と…。」









いつの間に眠ってしまっていたのだろう。
書斎で寝ていた私は、外の世界が明るい事に気付いた。
「(今、何時だろう。)」
水平線に朝日が見える。まだ、地球に居るという事だろう。

身体を起こすと、羽織っていた着物が肩から落ちた。
晋助様の匂いがする。お忙しいはずなのに、一度戻ってきて、これをかけてくださったのだ。
「(大好きな匂いだ、)」
そう思ったのも束の間で、私は枕にしていた自分の腕の下に手紙が無い事に気付いた。

「(…あの手紙を、見られた………?)」
心臓のあたりで、温度がぐんと下がっていくのを感じた。

周囲を見回し、少し離れた2人で寝ても十分すぎるくらいに広いベッドを見ても、その部屋に晋助様の姿は無かった。
部屋を飛び出すと、すぐに居た来島また子さんにぶつかりそうになる。
「ぬおッ、危ないじゃないッスか!!」
「ごめんなさい、…あの晋助様がどちらに行かれたかご存知ですか?」
「……晋助様なら、昨晩のうちに仕事を片付けて船を下りたッス。」
「船を?」
また子さんが溜息をついて、「護衛もつけずに行くなんて危険だって言ったのに。」と呟いて、不安そうに陸地を見る。
「寝てらっしゃらないのに、…もし見つかったら、危険、ですよね。」
「晋助様なら、そこらの野郎に負けないって事は分かってるッス。けど、……」
また子さんは再び溜息を吐き、「…それでも、自分で渡したいって言ってたッスよ。」と困ったように私を見た。

「渡す、……何を、でしょう………。」
「さあ。2つ程用事があるとかって言ってましたけど。はあー、今度は何日帰って来ないのやら…。」










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