あたしの気持ちと
病気に対しての考え。


*はじめに*


私は、解離性同一性障害(以下DID)について、この記録を残すこと。
この事に限らず、自分が診断された病気に対しては臆する事が多く、この様な記録を残す行為自体、自分の首を絞める様な行為ととらえていました。


というもの、神経症ではなく、いわゆる、精神病と初めて診断された当時から、自分らしさがどんどん失われていく様な感覚に突如襲われ、

深い悲しみと、絶望を噛み締めながら、病前の自分というPersonalityを覚えていられる様にと、日記を付けはじめたのです。


その日記は、自己採点なるものを付け、当時と今を照らし合わせるなど、

その時々の言葉を吐き出し、自分の感情の変化や、その波を感じ取ろうとする形式でした。


しかし、自分の気持ちに素直になれず、自己嫌悪に陥ってしまったり

周りの目を気にするようなものになってしまい、結果的には当初の目的の゙自分らしざを忘れない為ではなく、逆に゙かけ離れていく自分゙の記録となってしまったのです


この事をきっかけに゙自分゙が、病気に関する事柄を残すという行為を避ける様になっていったのです。


*そして…*

月日が流れ、時間というものが自分達に重くのしかかり、比例して病気も形をなしていきました。

この、時間といゔ枷゙は、これからも重みを増して苦しみを与えてくると思います。

しかしながら、゙今がある゙と言えるなら、24時間ずっと苦しい訳じゃない…

今、少しでも自分と向き合えているから、それ以前を過去と言える。

つまり…

過去だから振りかえることも、忘れることも、思い出すこともできる訳で、それを感じて言葉にできる今だから。


この言葉をこれからの糧として、この記録を残していきます。

そして、この記録を作るために
同じような病気で苦しんできた友人たち。
私を励ましてくれた人たちの協力に感謝しています。


A


*このページわ昔からあります。
今も昔も、全く変わらないあたしの言葉です。
書いてある文のほとんどが、19歳〜23歳のときに書きました。

こんな気持ちを持ちはじめてから、私わ変わっていきました。


診断されてから現在まで、あたしなり調べてまとめたことをパソコンで打ち込み、冊子みたいなものを作り続けています。

その冊子の一ページ目にも同じのを書いてあります。

はじめて精神科に入院した時に
治療に一番必要なのわ「病気を認める」ことだと教わりました。しかし、そんなことが重要だとも思えませんでした。

今ならそれがどうゆうことで、なんで必要なのか分かるようになりました。

病気を知ることと、認めることわ大きく違います。
自分が病気だと自覚しなければ何も始まりません。

19歳で診断されたあたしわ、昔からどこか普通じゃない基地外だと思っていたので、少し納得した気持ちもあったけれど、それでもショックでした。
病気の自分を否定し続け、弱い自分を許すことも出来ませんでした。
そうやって暮らしていけるのならかまいませんが、もちろんそれもできません。
自分を苦しめてる莫大な何かに、過去やトラウマに邪魔されます。そして病気の自分を攻め続けました。

病気の自分を受け入れることができず
病気のことも知ろうとしなかった。
自分にわ何が大切で、今どうしていくべきなのか、そんなことも考えられるスタートラインにたってもいないのに、いつもスタートラインにたったつもりでした。

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