GS

□2005/08/24 鈴鹿
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(………くそ…ッ)


鈴鹿は乱暴に引き戸を開けて保健室に入った。


保健医はいない。


鈴鹿は眉を寄せて近くにあった椅子にどかっと体を預けた。


「ったく夏休みだからって仕事サボってんじゃねーよ」


と言いつつ。


(こんな顔じゃあ…からかわれるだけか…)


なんて思う。


顔が熱い。


それは、ここまで走ってきたからではなく。


ましてや風邪をひいているわけでもなく。


(あいつら、よってたかってからかいやがって)


チームメイトたちのせいである。


あまりにも集中砲火のイジりに、最後は出てきてしまった。


出てしまえば戻りづらく。


ふとさっき、試合ではがれかけた爪を理由に保健室で時間をつぶそうと思ったのだ。


(ま……、一人のほうが落ち着くか)


やっと安堵のためいき。


すると、とろとろと眠くなってきて。


(ちょい、寝るか)


保健医が来るまで。


たいして怒られないだろうと、ベッドの上に転がった時。


「…鈴鹿くん?」


カラカラと引き戸が開く。


「…え」


少女だった。


「なに…してんだ」


突然の出現に鈴鹿は驚いてしまった。


「いきなり出て行っちゃったから心配になって…」


言いながら、少女は鈴鹿の前に歩いてきた。


「よくここがわかったな」


「部員さんたちが教えてくれたよ」


にっこりと笑う。


(…あいつら)


鈴鹿の眉がよる。


皆にはサボることなど百も承知だったのだ。


(くそッ、面白くねぇ)


苦々しく思いながらも。


「指。大丈夫?痛そう」


少女が傷をのぞきこむ。


(………………)


誰が見ても軽傷だろうに、そんな心配した顔を見せられると正直、


(…かわいい)


などと思ってしまって。


少しだけ部員たちに感謝した鈴鹿である。


「でも先生いないし…」


だから少女のつぶやきを聞き逃した。


その結果。


「う、わあ!?」


変な声を上げるハメになる。


「なにしてんだ、お前ッ!」


鈴鹿が硬直しながら聞けば、


「え?消毒だよ」


真顔で返される始末。


「しょ、消毒ってなぁ…」


(舐めてんじゃねぇかッ)


心で叫ぶ。


少女は、ぱくりと鈴鹿の指をくわえたのだ。


鈴鹿は激しく動揺した。
言葉もない。


「指かして?」


それなのに、少女はまた唇をよせてくる。


(ギャーーーーーッ)


鈴鹿は強引に手を引いた。


(このままじゃシャレになんねぇっての)


それなのに。


「…もしかして痛かった?」


少女は天然の言葉を投げかける。


鈴鹿は一気に脱力してしまった。


「…違えよ、バカ」


(お前を意識してんだよ)


「わっかんねぇかなぁ…」


小声でつぶやいて、ためいきをひとつ。


(お前の天然は筋金入りだよなあ…)


苦笑いしてしまう。


自分でもわかるほどに、頬がかっとしている。


たぶん、耳も真っ赤。


(これでもわからねぇかよ?)


そこが魅力といえば、そうなのだけど。


少女の長所と短所。


時にはほほえましいが、凶器にもなりうる『天然』。


今だって手をひっこめた鈴鹿を心配して、ふわりと横に座った。


鈴鹿の眉間にしわがよる。


「ふふ、こわい顔」


「…………………くそ」


劇的にかわいい。


(…しまいにゃ犯すぞ、コラ)


さっきから鈴鹿の視界にはベッドが入りまくりで落ちつかない。


(……ちきしょう)


鈴鹿は我慢している。


少女が天然なだけに大切にしてやりたいと思っている。


(だから熱くなりすぎないように距離を調節してんのに、こいつはまったく気にしやしねぇ)


消毒だとしても、ふつうは舐めないだろう。


赤い小さな舌が遠慮がちに指を這う感覚はダイレクトに腰にきた。


(くそ…思い出したらまた勃っちまった)


この状況はヤバい。


放っておいたら襲ってしまうだろう。


(寒いこと。寒いことでも考えれば落ち着くか?)


鈴鹿は瞳を閉じて、理性を総動員させた。


しかし、浮かんだのは。


(…………氷室とキスとか?)


「うえ」


鈴鹿がその想像に吐きそうになっていると、誤解した少女がつぶやいた。


「やっぱり痛かった?…ごめんね」


ふわりと鈴鹿の頬に触れる。


どきりとする前に、鈴鹿はその手に自分の手を重ねていた。


「あ。そっちの手…」


まだ心配している少女が愛おしい。


「もう痛くねえよ…」


「よかった」


ほっとしたように笑う。


(…今の俺の気持ちなんてわかんねぇだろうな…)


少女のそばにいると簡単に狂いそうになる。


(夢ん中ならもう何度も抱いてるのによ…)


現実の少女は無垢で、自分の欲深さに眩暈がする。


(それでも俺はお前から離れらんねぇんだよ)


好きだから。
好きだから。


「…戻ろうぜ。体育館」


鈴鹿は抱きしめもしないで立ち上がった。


(それが俺のやり方。絶対泣かせない)


「うん、行こう」


少女の笑顔がまぶしく映る。


「ああ」


すべての思いをのみ込んで、鈴鹿が笑った。



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