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□2007/12/15 花椿
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←花椿×あなた→


「ン」


(最初はね、こんなこと思ってなかったのよ)


花椿吾郎はそう心の中でつぶやいていた。


(はじめて会ったとき、ただ可愛くて、原石だったから、その可能性を無駄にしてほしくないと声をかけたの)


それがいつから“自分で磨きたくなった”のか。


「・・・・」


花椿は店のカウンターに両手をあてて、重心をあずけていた。


ふだんならそんなことはしない。
客に対して失礼だし、自分のポリシーにも反する。


けれど、今は店に誰もいなかった。


突然の嵐。


外はひどくどしゃぶりだった。


窓から見る景色は木々があふれて、葉がとんで、


(まるであたしの心みたい・・)


ふう、とためいきをつく。


「今日はもう店じまいね」


こんな日、誰もくるまい。


バイトや社員たちにも出てこなくていいと連絡済みだ。


のろのろと入り口の鍵をしめようとしたとき。


バタンっ


突風といっしょに入ってきた人物がいた。


「あんた・・」


少女だった。


世界の花椿吾郎が思わず声をかけてしまった高校生。


「ちょ、今日は休みでいいって言ったじゃない」


驚きながら言うと、少女が濡れた顔を指先でふきながら笑った。


「だって店長が一人かなって思ったら心配になったんです」


「え・・」


「強盗とかきたら大変でしょう?」


「強盗って・・」


(そんなもの)


花椿の腕力にかかればなんの問題もない。


「大丈夫よ。あたしは平気。それよりほら、こっちにいらっしゃい」


花椿はレジの下からタオルをだした。


ふわりと少女の頭にかぶせて、やさしくたたく。


とん、とん、とん。


きれいな髪のキューティクルをこわさないように。


「ほら、あとは自分でふきなさい。身体もよ」


そう言って、花椿は今度こそ店の鍵をかけた。


「え。閉めちゃうんですか?」


「ええ。こんな日だしね。誰もこないわ」


「そうかなあ・・」


つぶやいている少女に花椿は服をさしだした。


「これ、着なさい」


「え、でも着替え持ってきましたよ」


ビニール袋に入った服を少女が見せたが、花椿はしっしっと右手をふった。


「いいから」


店で働くようになってから、少女のセンスはあがった。
花椿のアドバイスを真剣に聞くし、それをすぐに応用できる力がある。


だからもちろん、少女の持ってきた服はなかなかの選択だった。
着れば清楚な少女によく似合っただろう。


(でもね)


少女が奥で着替えている間、花椿は渡した服とおなじものを店内でさわっていた。


黒い、マーメイドドレス。


それは身体にフィットしたもので、生半可なスタイルでは着こなせない。


花椿の才能を世に知らしめたデザインであり、店でも買えるようにと置いてあるのだが、まだ誰も試着した者はいない。


(知られても着てもらえなくちゃ寂しいんだけど…)


ぼやいていると。


「先生・・ちょっとこれは・・」


少女が着替えてきたらしい。


花椿がふりかえる。


そして。


「すごいわ・・あんた・・」


息をのんだ。


少女のす、とのびた首筋と背中。


デコルテを最高に生かす、やわらかそうな上向きの胸。


優美な美しさを保つ腰の細さに。


服に負けない端整な顔立ち、瞳。


完璧と言ってよかった。


(でもすごいのは、その身体がじゃないのよね)


身体だけなら、モデルという素材がごまんといる。
服を生かすことを職業としている人種。


(でもね、違うの。あたしは綺麗なお人形さんが欲しいんじゃない)


いつだって。


求めるのは脳内に刺激をくれるような存在。


(今まで出会ってこなかったわけじゃない)


けれど。


(あんたは刺激をくれて、デザインを浮かばせて、あたしを進化させる)


進化。


少女にこれを着せたい。
少女のために作りたい。


それはとてもシンプルなものだったけれど。


そう思うだけで、服に命が宿るようだった。


(今まで軽い気持ちで服を作ったことはないわ・・・でも)


今の花椿が過去を見れば「手を抜いていた」と言うだろう。


花椿は思う。


(たかが数回、世界をとっただけで何をおごっていたの)


自分のデザインは一流だと。


(誰が言ったの)


そんなものに執着しているようなら、あっという間に他者に抜かれていく。
負けていく。


(そしてあたしは埋もれていく)


そんなのは嫌だと思う。


(だから、どうしても必要なの)


少女が。


それはもちろんパートナーとして。


(恋人として)


花椿は自分の手を見た。


骨ばった大きな手。


(あたしは綺麗でいたいと思った。この手がいっそ女ならいいと思った)


ほそく、ながく、繊細な指を持ちたかった。


でも。


(今はね、そう思わないの)


大きい手だからこそ。


少女の腰をひきよせられる。


「あ」


腕力があるからこそ。


少女の動きを封じられる。


「て、店長・・?」


低い声だからこそ。


少女の耳にささやける。


「好きよ・・」


言ったとたん。


「・・て、・っ」


びくりと腕の中で身体をふるわせる少女。


その振動が花椿のなにかを刺激した。


なにか。


雄としての―


(欲望・・)


何年かぶりに感じたその感覚に。


「あんたってまったく・・・」


花椿はふ、と笑っていた。


少女は触れているだけで男の自分を呼び戻す。


簡単に。
一瞬に。


(身体も進化するのかしらね)


そんなことを思った。


少女に刺激されて、デザインが進化したように。


(あんたに触れて、身体が変わったのかもしれないわね)


少女を見ると、頬を桜色にしたまま戸惑ったような顔をしている。


瞳は濡れたようにうるんでいるが、その様子に嫌悪感はなさそうである。


(まあ、嫌われていないことはリサーチ済みよ)


だったら。


「ねえ」


花椿は少女に言った。


「あたしに抱かれるのと抱くの、どっちがいい?」


花椿的にはどちらでもよかった。


男として少女を抱くことも。
女として少女に抱かれることも。


(あんたといられればどっちも天国ね)


だから少女はどうだろうと聞いたわけだが。


「え・・・え・・?」


少女はなにを言われたのかわかっていないようで。


「もう。セックスよ」


花椿がダイレクトに言葉にして、やっと。


「え、あ、・・ええっ!?」


叫んだ。


叫んで。
桜色の頬が真っ赤になって。
耳まで染まって。
しばらく固まって。


「・・え、あ、・・えっ」


回復したと思ったら、また赤くなる。


(可愛いわね、まったく)


恋愛にうとい少女には直球すぎたのかもしれないと花椿は笑いながら反省したけれど。


「これから楽しくなりそうね、色々と」


少女の頬にキスをした。


「!」


もっと真っ赤になった少女をやわらかく抱きしめて。


(よし、明日はあたしの天然小悪魔ちゃんを一鶴に見せびらかせようっと)


ふふ、と楽しそうに。


花椿の笑い声が店内に響いた。



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