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□2008/04/24 氷室+氷上
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氷室のマンション。


久々に訪れた従兄弟。


「零一兄さん。穴という穴をふさぐとはどういう行為ですか?」


最初に言われた言葉がそれだった。


だから。


「い、格?」


氷室が眼鏡を落としそうな勢いで、声を震わせたのはしかたないかもしれない。


「同級生が話していたんです。穴という穴をふさいでやろうかって」


それでも格はかまわず話つづけている。


「人間の顔だけでも毛穴は20万個あるといいます。全身では140万個。その穴をふさぐなんて、いったいどんな攻撃なんでしょうね」


「…………」


氷室はわずかに口を開けたまま、従兄弟を見ていた。


攻撃。


どうやら格は同級生の言葉をそのままイメージしているようだった。


(格…いくら人類が知恵を持つまで進化したとしても140万の穴をふさぐ攻撃は…)


「無理だ」


氷室が言う。


「無理?攻撃できないということですか」


「ああ」


答えると。


「そうですか……じゃあどうして…」


格が考え込むように顎をおさえた。


「…格」


「はい?」


(どう言うべきか…)


いつでも自分を慕ってくる従兄弟。


(正直、かわいい)


格が疑問と思うこと。
知りたいと思うこと。


(私にわかることならば教えたいと思うが…)


穴という穴をふさぐ。


それはセックスの場面でつかわれる言葉だ。


口。
肛門。
女性なら膣。


その穴をうめる。


うめるのは男性器。


(本来なら卑猥な言葉で、格に教えるべきではないが)


高校生が、しかも教室で。


(そんな話をする時代になったのだな)


そう思う。


(ならば)


「格」


「はい」


「好きな相手はいるか」


聞いた。


この手の質問。


氷室自身が苦手なので、似たタイプの格も当然のように困惑すると思っていたのだが。


「はい。います」


格の答えはとてもシンプルだった。


「そ、うか…」


なにやら拍子抜けしてしまう。


(昔より、変わったか…?)


思いながら。


「同級生か」


氷室が聞くと。


「ええ」


格が笑った。


「同じ生徒会役員でもあるんです」


もっと笑う。


「とても尊敬できる女性です」


眼鏡ごしからでもわかる、きらきらとした格の瞳。


「…いい恋をしているのだな」


氷室の瞳も自然とゆるむ。


いいかと思った。


恋の手管を教える。


(まあ…私も最近知ったわけだがな…)


最初は驚いた。


そしてとまどった。


カクテル一口で酔ってしまった恋人の豹変。


『先生の…好きにしてください』


卒業してもなお「先生」と呼んでしまう恋人のうるんだ瞳と、かすれた声。


氷室の理性がきれた瞬間だった。


(だから私は彼女の穴という穴をすべてふさいだ。そうしたかったからだ)


だから格も。


(きっと私のように迎えるのだろう)


求める相手に求められ。
どうしようもなくむしゃぶりついてしまう日が。


だからその時に、少しでも不安がなければと氷室は思う。


「格。セックスには興味があるか?」


「…………は?」


「性交渉に興味があるかと聞いている」


氷室の言葉。


「……性……交……渉……?」


ぼんやりと格が聞きかえす。


そして一気に顔が朱になった。


「な、なななな、何を言っているんですかッ」


まるで血液のすべてが顔に集まったような。


「きょ、きょ、きょきょきょう興味なんて、あ、ありませんっ!!」


叫ぶ。


ふ、と氷室が笑った。


これこそが期待していた従兄弟の反応。


思い人ができて恋を認めるようになっても。


(まだ欲望には目を背けたいらしいな)


かわいいかわいい、自分の弟とも呼べる存在。


(その恋を応援するのが兄というものだろう?)


氷室が格の頭をなでた。


「そうか。知りたくなったらいつでも私に聞けばいい」


そう言って。


わざと耳元でささやいた。


「きちんとコンドームはつけるのだぞ?」


瞬間。


氷室はくちびるに熱を感じた。


それは格の耳の熱で。


顔を見なくても、どれだけ相手が真っ赤になっているのか容易に想像できた。


「健闘を祈る」


それだけ言って。


「茶でも用意しよう」


氷室はキッチンに向かった。


その口元。


笑いをこらえるようにふるえていた。



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