GS
□2006/02/08 葉月
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←葉月×あなた→
胸が、ざわざわする。
ざわざわして――掻きむしりたい衝動。
白い教会の前。
葉月は無表情で自分の胸元を制服ごと掴んでいた。
(―忘れられない)
そして心の中。
無表情とは、ほど遠い情熱でつぶやく。
先刻ぶつかった相手が葉月の思考を奪っていた。
教会の前で再会した少女。
それは幼い頃に別れた友人だった。
葉月の頭を巡るのは少女との出会いの場面。
瞳の色。
しなやかな髪。
顎のライン。
細い…肩。
すべてが華奢ではかなげな作りの彼女。
(あの場で抱きしめてしまいそうだった)
ふ、と葉月の瞳が細められる。
(…忘れられるはずもない、か…)
なぜなら少女は自分にとって唯一の姫。
巡り合わせは前触れなしにやってくる。
(信じていなかったわけじゃない。期待してなかったわけでもない)
あの教会と共にいれば、いつか会えるだろうと思っていた。
けれど――
(あの美しさはなんだ)
目の前に現れた少女は、圧倒的な存在感で葉月に恋の呪縛をほどこした。
呪縛。
胸のざわめきの正体。
(捕らえられて、縛られた)
この甘美な呪いを解く方法はひとつだけだと葉月は思う。
少女を自分のものにする。
「……………」
葉月の薄緑色の瞳が遠くを見つめたまま揺らめいた。
(できるだろうか…俺に)
感情が欠落した自分を、葉月は嫌というほど理解していた。
場を繕う笑顔が出せない。
思ったことを言葉にできない。
(俺はいつだってうまくできない)
「こんな俺で…お前は笑ってくれるか…?」
少女が去っていった方向を見つめる。
(きっとお前なら…)
自分がかつて、再会を約束した男の子だと言えば笑ってくれるはず。
(でもそうじゃないだろ)
本当に手に入れたいのは思い出の少女ではなく、ついさっき葉月にぶつかり、一瞬で心を奪っていった彼女。
(もうわかってしまったから)
逃げられないと葉月は確信した。
(できるだろうか、じゃないんだな)
「…やるしかない、か」
葉月はぎゅっと、手のひらを握りしめた。
その思いをはっきり宿した瞳はエメラルドのように濃く染まる。
「……………」
葉月は迷いない足取りで、教会を後にした。
→終←
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