GS

□2006/08/02 葉月×姫条×氷室
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もう夕方――


「……………」


氷室は自宅のベランダから外を見ていた。
手すりによりかかりながら煙草を咥えている。


そこにかかる声。


「あ、れ。センセてタバコ吸わへんかったよなあ…?」


姫条だった。


「――俺でも吸いたくなる日はある」


そう言って。


氷室は自分の横に現われた姫条を無視するように深く煙を吸い込んだ。


「俺、ね…」


姫条は片眉を上げた後、苦笑いをした。


「ところで、その手に持っているものは何だ」


「見たまんまビールやけど?」


「どこから――」


そこで氷室の言葉が切れる。


「聞くまでもない、か。うちの冷蔵庫からだな」


「正解!勝手にいただいてま〜す」


「……まあいい」


姫条が悪びれもせず、にっこりと笑ったので氷室もつられる。


一見、平和な情景。


けれど。


「俺」と言いながら、普段は吸わない煙草に手を出す氷室に。
教師の前で堂々とビールを飲む姫条。


おかしい。


「葉月はどうした」


「寝てる。一緒に飲んどったけどオトしたわ」


「落とした…?」


「つらそうやったし。あいつは俺らみたいに発散できへんからな。ウォッカでばたんきゅーや」


「・・・・・」


一瞬、なにか言おうとした氷室だったが、薄い唇は煙草を咥えなおしただけで、それ以上動かなかった。


「けど、こんなん気持ちになるなんてなぁ。いざその日が来ると複雑なんやな」


姫条がしみじみと言う。


「仕方のないことだ。俺たちに彼女たちの行動を止める権限はない」


「わかっとる。わかっとるけど……そう簡単には納得できへんよ。心がついていかへん」


「いずれ、慣れる…」


そう言った氷室の瞳。


今まで見た中で最も悲しげに見えて。


「・・・くそ」


姫条は小さく呟くと、残りのビールを勢いよく飲み干した。


「あ〜ッ、足りんッ!酒が足りんッ!今夜はぶっ倒れるまで飲んだるわーッ!」


そしてぐいぐいと氷室の腕を引っ張ると、部屋の中に連れて行く。


「センセにもつき合うてもらいますから、よろしゅう」


「…望むところだ」


氷室が浅く笑った。


部屋に入るとリビングのソファで葉月が眠っていた。


モデルの仕事をこなす葉月の寝顔はとても美しかったが、頬に残る涙の痕が痛々しい。


「こいつもツラい。センセもツラい。俺もツラい。…いっそ発売中止にでもならんかな」


「前日になにを言う。もう…遅い」


「せやなぁ…」


姫条は葉月が握りしめていた紙を、その手から抜き取った。


それはあるゲームの発売を告知しているチラシ。


『ときめきメモリアルGirl's side 2nd Kiss』


「ハア…明日が発売日」


姫条のため息につられるように、氷室の眉も険しく寄った。


葉月がオチている理由。
姫条がやさぐれる理由。
氷室が壊れている理由。


チラシにあるゲームのタイトルこそが事の発端。


まとめてしまえば。

 
「嫉妬してるんや」
「嫉妬しているのだ」


姫条と氷室が同時に言って、顔を見合わせる。


そう、嫉妬。


今まで自分たちを愛してくれていたプレイヤーの少女たち。


それが「GS2」の発売をきっかけに永遠に目の前から消えてしまうのではないかと思っているのだ。


「くっそ。こんなんドキドキするの、初恋以来やぞ」


「同感だ」


おかしな汗をかきだしてきた二人の前で、寝ている葉月が身をよじった。


その時、聞こえてきた呟き。


「浮気したら…どこかに閉じ込めて…俺だけのものに…する…」


その言葉に。


黙っていた二人がハッとした顔になる。


「なんや簡単やん」


「その手があったか」


それまで本来の精彩を欠いていた二人の顔に色が宿る。


「逃げるなら捕えればいい」


「こっち見んならさらってくるまでや」


氷室と姫条が微笑む。


その顔。


まるで狩りの前のしなやかな獣のよう。


ふ。


何かに呼ばれたように瞳を開けた葉月も同じだった。


今夜。
美しい野獣があなたの体に狙いをつけた。


生き残れるかは、あなた次第――



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