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□2008/12/19 天童
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天童壬は歩いていた。


12月。


すぐに日が暮れてしまう夕方の道。


駅へと向かう石畳のそれは、外灯をうけてぼんやりと光っていた。


時折、冷たい風が壬の痛んだ金髪をゆらしていく。


いつもなら首をすくませて、幾重にも巻かれたストールに顔をうずめるはずなのだが。


「…………」


きつめに見える鳶色の瞳。


それがどことなくぼんやりしているのは、ついさきほどまでの時間をくりかえし思い出しているせいだった。


まるで壊れた映写機のように。


『天童くん』


巡るのは一人の少女。


『ふふっ、なにそれ』


きれいに笑う顔。


『ありがとう』


くすぐったいような小鳥の声。


『この公式、あってる?』


下を向くときの、耳に髪をかけるしぐさ。


『すごいよ』


感心したように見上げてくる視線の密度。


そして。


『じゃあ…また明日』


ちいさい手を揺らされた後の―


せつなさ。


(…………)


壬がなにか考え込むような、複雑な顔になる。


偶然知り合った他校の少女。


放課後をつかって一緒に勉強しはじめたのは2週間前になる。


(あいつは明るくて)


いつでも笑顔で。


(はば学のお嬢さんで)


やわらかな雰囲気で。


(…信じらんねぇくらい、まっすぐで…)


過ごした時間は少女のさまざまな顔を見せてくれた。


興味がわいて、そして。


(こいつと大学行きてぇって…)


未来を望ませるような相手になっていた。


(…んなやつ、初めて会った…)


無意識にストールをにぎりしめる。


(あいつ…)


もう一度、少女を思ったときだった。


壬を呼ぶ声がした。


一瞬、少女かと思った。


なにか忘れ物をしただとか。


まだ壬と話していたいだとか。


それはもう1秒にもみたない時間の中、脳裏をかけめぐった予想と希望だった。


けれど。


「久しぶりぃ〜」


意識していた背中とは反対に。


真正面から声をかけてきたのは見慣れた制服の女子生徒だった。


「んだ…お前か」


クラスメイト。


「よう」


壬が小さく息をはきながら、かるく手をあげた。


そこで気づいた。


いつのまにか駅ちかくの繁華街まで来ていたらしい。


街のはずれにあった小さな図書館の前とは違い、そこは暗くなった今でも人通りが多かった。


少しまぶしい気持ちで壬が目をほそめていると、女生徒がその前に立った。


「どこ行ってたの?あ。まぁ〜たケンカ?」


慣れたように壬の腕に頬をよせて、半身をあずけてくる。


「…重ぇぞ」


壬が視線だけを女生徒に向けたが、相手は気にもしないようだった。


「ねぇねぇ〜、何やってたの?」


壬の言葉を無視して聞いてくる。


今度こそ深く吐息をついて、


「図書館でお勉強」


そう答えると。


「はぁ?」


女生徒は何を言ってるのかわからないという顔をした直後、派手に笑いだした。


「うっそぉ〜!壬が図書館なんてないからっ」


「…んなことねぇだろ」


「あるって。ていうか冗談ばっかり言わないでよね〜、マジ笑い死ぬから」


腹をかかえるように上半身を折る相手を見ながら。


(んだよ…)


壬の胸にイライラとしたものがつもっていく。


壬が図書館で勉強。


それは本当に真実だったが、女子生徒にとっては笑わされるネタでしかない。


「そんなの壬らしくないって〜」


「…………」


言われて。


壬は黙り込んだ。


(…わかってんだよ。似合ってねぇことは)


髪を染めて。


夜の街を走って。


喧嘩ばかりで。


(そんな俺が勉強だって)


大学に行こうだなんて。


(わかってんだよ、んなことは)


イライラすると思った。


自分と。


自分が思っている自分と。


他人が見ている自分と。


それぞれの感覚が違うもので距離がつかめない。


(いや…つかめなくなってんだ…)


以前は不良である自分を認めていた。


それでいいと思っていた。


違和感もなかった。


(けど今は…)


変わりたいと―


「ねぇ」


壬の思考を無視するように、また声をかけられる。


「…………」


壬は自分にはりついている女子生徒を無言で見た。


すると。


ぎゅっ。


とてもやわらかいものが腕におしつけられた。


女子生徒の胸だった。


「壬、今ヒマ?」


興味深そうな目で見上げてくる。


「あたしとしない?ホテル代なら出すからさ」


クラスメイトの言葉に。


「え…」


壬が止まる。


「なにその反応」


女子生徒が首をかしげた。


「天童壬は来るもの拒まずじゃん」


「あ〜…」


壬がぐるりと首をまわす。


声にしなくても「気が乗らない」と言っているようなものだった。


女子生徒がにじりよる。


「あたしが処女だから?」


「あ?んなこと聞いてねぇ」


「じゃあなんで?この前、隣のクラスのコ食ってたじゃん」


「いや、あれは…」


「いいからやろうよ〜。壬、うまいんでしょ。あたしも壬なら安心だしさ」


「…………」


「ね〜、もうなんなの?最近ヘンだよ。前だったら誰とでもすぐホテルだったじゃん」


女子生徒の言葉が。


まるで二日酔いの頭に響くように、壬を攻撃していた。
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