GS

□2009/07/22 氷室+氷上
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日食とは。


太陽・月・地球が美しく並んだとき、


「地球からは月が太陽をさえぎって見える現象のことですよね、零一兄さん!」


氷室の横で、少し興奮したような声が聞こえる。


従兄弟の格だった。


日食の中でも特に完全に太陽を覆い隠す、皆既日食。


それが今日、観測できる。


国内の陸地では46年ぶりとあって。


氷室のマンション。


アイシクルパレスの屋上で2人、空を見上げていたのだが。


「落ち着きなさい」


氷室が声をかける。


元々、誘ってきたのは格で。


前日から泊まりに来たのも、


荷物が日食の本ばかりだったのも、


会話はすべてそれ関係だったのも、


(予測はしていたのだがな…)


日食開始まであと数分というところ。


期待が最高潮になった格の様子がおかしくなってきたのだ。


そわそわと空を見上げて。


何度も小脇に抱えている本をのぞきこんで。


氷室のまわりをぐるぐると回って。


(可愛いと言えば、可愛いのだが)


あまりにも落ちつきがなさすぎる。


氷室は小さく吐息をつくと、格の頭に大きな手のひらをのせた。


「え、あ…、すみません、兄さん」


格がハッとしたように背筋をのばした。


少し赤くなった頬。


自分でも子供っぽいと思ったのだろう。


(実際、子供なのだから気にすることもないだろうに)


そう思いながらも。


格の心中を想像して、自然と氷室の唇に笑みが浮かぶ。


「れ、零一兄さん…っ」


ますます格の顔が赤くなった。


「に、日食を見るんでしょう!? ほ、ほら、もうすぐで時間ですよッ」


精一杯、話をそらすように空を指さす。


「…そうだな」


氷室はゆったりと頷いた。


(これ以上、からかうのも酷だろう)


「曇っているな」


氷室が空を見上げながら言うと、ほっとしたように格も視線を上げた。


「え、ええ。見えるといいんですが…」


いつのまにか、日食の時間が始まっていた。


だが肉眼ではまだ確認できない。


朝から降り続いていた雨は止んだものの、空にはまだ厚い雲がとどまっていたのだ。


「「…………」」


2人で見つめる。


空を。


その先を。


宇宙を。


その時だった。


雲が切れた。


隙間から太陽がのぞいた。


「格」


「は、はいっ」


眼球を太陽光から守るための日食グラスを手渡す。


目にそれをかざして、もう一度。


息が小さく止まる光景がそこにあった。


「ああ…」


格の声がもれる。


空にあったのは。


美しく欠けた太陽。


まるで三日月のように形をかえていた。


「すごいです…、兄さん…」


「ああ…、神秘的だな…」


氷室のマンションからでは地理的に完全な皆既日食は見れない。


それでも美しい部分日食だった。


太古から。


神聖なもの、邪悪なもの。


神が起こすもの。


吉凶を表すもの。


いくつもの神話が残るのも理解できた。


「兄さん…」


左手に熱を感じて視線をやると、格が氷室の手を握っていた。


顔は空を見上げたまま。


日食グラスの下に見える瞳は、感動でうるんでいるようだった。


(本当に見たかったのだな)


氷室は胸が温かくなる思いだった。


格を見ていると、昔の自分を思い出す。


まっすぐで、夢に向かっていた頃。


今の自分を否定するつもりはないが、やはり若さだろうか。


(お前が時々、まぶしくも見える)


期待をそのまま顔に出して。


思いのままに行動して。


感動を全身で表す。


(素直な、従兄弟)


どうかこのまま育ってほしいと思う。


恋も人生も、すべてうまくいってほしいと思う。


(格に幸がありますように)


普段、神頼みをしない氷室が自然と思ったこと。


ぎゅ、と。


格の手を握り返して、太陽を見た。


「次に日本で見られるのは26年後だな」


(その時も、こうして願えるだろうか)


そんなことを思う氷室の耳に、笑いをふくんだ声がすべりこんだ。


「2010年です」


格が言う。


「次の日食は2010年の1月にアフリカで見られるそうですよ」


「来年…」


「見に行こうよ、兄さん」


「なに…?」


氷室は完全に日食グラスを瞳からはずして従兄弟を見下ろした。


空はまた曇空にもどり、太陽も隠れてしまった。


それでも。


それよりも明るい表情の格が氷室を見ていた。


「行こう?兄さんと見たい」


まっすぐに視線を向けてくる。


だが、すぐに思い返したように瞳を泳がせた。


「あ、でも迷惑だったら…、」


「迷惑ではない」


「本当ですかっ!?」


「ああ」


やった!と年相応の笑顔で喜ぶ格を、氷室が見ていた。


眼鏡の奥の瞳が格段にやわらかくなっていた。


どこまでも。


(私は格が可愛いらしい)


苦笑いするように。


氷室が眼鏡のフレームをなでた。



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