GS2

□2007/11/21 志波
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8月に行われる恒例の合宿。


野球部にとっても毎年のことで。


夏前に入部した志波も参加していた。


朝から夕方までのハードな練習。


いくらそれまでロードワークを続けていた志波でも疲労するというもの。


体は夕食をすませた頃から休みたいと訴えていたし、眠気も充分だった。


思うところがなければ、大部屋の男子部員たちと同じように泥のように眠っていただろう。


そう。


思うところがなければ。


現在の時間、深夜2時。


志波はうすっぺらい布団から抜け出していた。


誰もいないグラウンドを歩き。


黒一色の空を見上げ。


息を吐く。


(同じ屋根の下にあいつがいると思うと……)


―眠れない。


理由はそれだった。


あいつ、とは志波と一緒に野球部に入った同級生。


もっとも“彼女”はマネージャーとしてだったが。


野球に向き合わせてくれた人物。


志波が野球部にもどる、ということ。


それがかつて、どれだけ儚い夢だったかわかるだろうか。


過去の仲間達が呼びかけても。


幼なじみが真剣に諭しても。


(…俺は戻れなかった)


自分にそんな資格はないと思ったし、価値さえ見つけることができなかった。


(なのにあいつは…)


そばにいてくれた。


笑ってくれていた。


少女からすれば、それは当たり前のことだったかもしれない。


それでも。


(…俺は背中を押されてた)


いつのまにか、大切な存在になっていた少女。


友達として好きだった。


恩人として好きだった。


でも今は。


(男として、お前が好きだ)


志波が合宿棟をふりかえる。


深夜という時間。


建物に目立った灯りはない。


皆、眠っているのだろう。


もちろん、志波が求める少女も。


(……………)


志波は想像していた。


昼間、ひまわりのような笑顔と元気な声でグラウンドを走っていた少女を。


彼女はどうやって眠るのか。


想像する。


少女がいる大部屋。


そのドアを音もなく開ける。


いくつもの布団が並ぶなか、少女がいる場所は窓際。


月の光が少女を照らしている。


浮かび上がる、しなやかな肢体。


端整な顔。


ながい、ながい睫毛が時折、揺れる。


小さなくちびるが寝息をつたえる。


胡桃色の髪がさらりと枕に広がり―


(……ッ)


ギリ、と志波は奥歯を噛んだ。


無理だとはわかっていた。


それでも少女の眠る部屋に忍び込みたいという衝動。


「…思うだけなら自由だろ…?」


志波の瞳が痛そうに歪んだ。
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