GS2
□2008/08/02 針谷
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←針谷×あなた→
エレキギター。
ベース。
アコースティックギター。
エフェクターにアンプ。
金管楽器。
木管楽器。
鍵盤楽器。
弦楽器。
それこそウクレレまで揃える"楽器店ネイ"は針谷にとって大切なバイト先になる。
音楽が好きで。
なによりも好きで。
これ以上の職場はないだろうといつも思う。
だから水・金のバイト日には休まず出ている。
音楽に詳しいバイト仲間たちと仕事をし。
音楽に詳しい客たちとの語らい。
(休むほうがもったいないよな)
本音だった。
それなのに。
(最近は…休みたいと思うこと多々アリってか)
針谷は私服にエプロンというバイト姿のまま、目の前のショーケースを磨いていた。
中にはアクセサリー類がきれいにならべられている。
「……ハァ」
息をつくと、ケースのガラスがくもった。
「…………」
のろのろと針谷の腕がうごく。
清潔そうな真っ白のぞうきんで、くもりをふきながら考えていたことは。
「ハリーっ!」
高い、鈴音のような響き。
びくん、と針谷の全身が揺れた。
今まさに考えていた人物の声だった。
ゆっくりとふりかえる。
「オッス!」
明るい笑顔で針谷の前に立つ少女。
胡桃色の髪。
健康的な肌色。
しなやかな肢体。
はね学の同級生。
ひょんなことから知り合ったが、今は一緒にライブなど見にいくほど親しくなった。
友人関係にある少女がネイにくることに不思議ではない。
針谷自身も、少女のバイト先である喫茶店にちょくちょく顔をだすのだから。
(でもそれとこれは違うだろ)
針谷は手で片額をおさえるようにしながら少女に向き合った。
「…で。今日はなんだっつーの」
「なにってバイ―」
「却下」
みなまで言う前に針谷にさえぎられて、少女が頬をふくらませた。
ネルでバイト。
少女はそれを望んでいるのだった。
理由は楽しそうだから。
音楽に興味をもってきたから。
とてもシンプルなもの。
だけど。
(認めるわけにはいかねぇっての)
もう言われつづけて1ヶ月。
それでも針谷は首をたてにふらずにきた。
(だってわかってるか?)
ちらりと針谷はレジのあたりを見た。
すると。
「て、店長、あの人だれですか!? ハリーさんの彼女ですか!?」
「いや、同級生らしいけど……いつみても美少女だよなあ」
「バイトってここに……?うぉぉぉマジッ!?」
興奮気味に。
感嘆気味に。
感動気味に。
少女を食い入るように見つめる同僚たち。
(本当にわかってねぇの?)
男たちの視線。
男たちの心拍数。
(みんながお前に恋してる)
「わかんねぇ?」
針谷が思わず声にだして。
じぃ。
少女を見ると。
「?」
きょとんとした顔をした。
だから。
「ダメなもんはダメだ。帰れっての。そんなに働きてえなら他の楽器店に行け。俺にじゃれつくな」
わざと言った。
(そうすると、お前はいつだって)
返答はわかっていた。
「ネイじゃないところなんて嫌だよ。ハリーが好きなんだもん!」
きれいな声でかえしてくる。
一瞬、バイト仲間たちの空気がとまったのを感じて。
にやり。
針谷は誰にも見えない角度で微笑んだ。
好き。
その言葉の威力。
(ほら。お前に惹かれてたやつらの目から熱がうすれてく。ひいてく。あきらめていく)
胸がすっとする思い。
けれど同時に。
胸がずんと重くなる思い。
『わたし、ハリーが好きだよ』
最初に言われたときは驚いた。
好き。
(それって告白だろ?)
少女も自分と同じ思いだったのかと思った。
が、今の状況が答えなわけで。
(こいつの好きは、純粋な"すき")
欲がこもっていない、すき。
花がすき。
猫がすき。
青空がすき。
CAMINOがすき。
そんな、すき。
気づいたときは力が抜けた。
(まいるよなあ、本当に)
でもいいかと思う。
(つらいときはマジ、泣きたくなるけどな)
欲のない純粋な気持ちで好きと言ってもらえること。
大きな瞳をいっぱいひらいて名前を呼んでもらえること。
それはものすごく幸せだと思う。
(だからいいよ)
今はその好きで、かまわない。
(ずっとそばにいてくれるんだろ?ずっと俺の歌を聴いてくれるんだろ?)
だったら。
「よし。いくぞ」
針谷が店内の壁時計を見ながらエプロンをはずしはじめた。
「へ?」
「買い物だ、買い物。俺サマのステージ衣装を決めるんだ。くるだろ?」
「行くっ!」
エプロンをくるくると丸める針谷の左横に、すっと少女がくる。
心臓のちかく。
髪からふわりと花のような香りがして。
視界のはしの肩がほそくて。
(抱きしめたくなる)
左半身からどきどきしてくる。
(好きだ)
好きだけど。
(お前は俺を男と見てないから)
少女にむらがる野郎どもを遠ざけるだけ。
「時間なんであがらせてもらいます」
店長に言って。
「先、あがんな。お先」
同期と後輩に言って。
「行くぞ」
少女をふりかえる。
「うん!」
ひまわりのように少女が笑った。
(今はこうやって線をひくしかない)
お前たちは違うのだと。
少女が求めるのは自分なのだと。
我ながら情けない方法だと思うけれど。
(もういいよ。ここに何度でも来いよ。そのたびに俺は見せつけてやるから)
少女にこんな顔をさせてみせるから。
いま、気持ちを伝えるつもりはない。
(見てろよ、お前)
卒業式の日に。
(最高の場所で告白してやる)
好きと言って。
抱きしめて。
キスをして。
(お前なんて食べてやる)
「覚悟しとけよ?」
少女を見ると、目が合った。
「?……うん!」
なにかわからないものの、素直にうなずかれて。
その笑顔があまりにもかわいくて。
「…くそ……かわいいな、このやろう」
誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「ハリー?」
「なんでもねえ、行くぞ」
熱くなった頬。
それを隠すように針谷は足早に歩きだした。
ぱたぱたと。
後ろについてくる少女の、ちいさなちいさな足音。
まるでそれが小柄な少女の軽さをしめしているようで。
とても愛すべきものに慕われているようで。
(…幸せだな、おい)
知らず、針谷の顔に笑みがうかんでいた。
とてもやさしそうで。
とてもやわらかくて。
道行く異性が思わずふりかるほど。
針谷の笑みはきれいだった。
→終←
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