GS2
□2007/07/04 志波
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←志波×あなた→
しずくが、いくつも落ちてくる。
ほそい、ほそい、ピアノ線のように見える雨。
志波は傘をさしながら空を見上げていた。
もう七月。
今年は梅雨入りが遅かったと思う。
ロードワークに支障がでないぶん、助かってはいたが。
(雨がふらなきゃ口実がみつからない)
志波はふと、となりを見た。
「濡れてないか」
志波が言うと、前をむいていた相手が視線をあげた。
「うん」
胡桃色の髪の少女。
志波の同級生。
二人は学校への帰り道、ひとつの傘で駅にむかって歩いていた。
「志波くんは濡れていない?」
少女が心配するように聞いてくる。
「俺も平気だ」
そう答えながら、志波の瞳がやわらかくなっていた。
思うことは。
(雨が降ってよかった)
ということ。
今日の雨は突然だった。
天気予報を裏切って、午後から降りだしたもの。
(本当によかった)
心からそう思う。
(じゃなきゃ、お前を誘えない)
告白もデートもしていない自分は、そんな理由がなければ少女に声をかけることができないと志波は自覚していた。
(好きなのにな)
気づけば姿を探してしまうほど。
困っていれば走り出してしまうほど。
(俺はこんなにお前にはまってるのに)
心のままにすすめない理由もまた自覚していた。
野球部。
過去の記憶。
(俺の中でなにも決着がついてないから、お前の前にきちんと立てない)
少女の瞳はいつでもきらきらしていて。
(中途半端な今の俺じゃ、すべてを見つめかえせない)
「…情けないな」
つぶやくと、
「志波くん?」
少女が大きな瞳で志波を見つめていた。
「どうしたの? 寒い?」
そこまで言って。
「あ…」
少女の瞳がわずかに見開いた。
「濡れてるよ、肩」
「ん…?」
見るとたしかに制服の左肩が濡れていた。
雨が当たっている部分が生地の色を濃くしている。
「かまわない」
少女が濡れていないなら。
「俺はどうでもいい」
濡れることなど気にもならない。
(お前の隣にいれるこの時間、それがすべてだ)
それが志波の本心だった。
それなのに。
「だめだよ」
少女が言った。
きれいな声で。
大きな瞳で。
桃色の唇で。
「志波くんが風邪ひいたら悲しいよ」
言った。
それは同級生がふつうに発した言葉。
相手の体を心配した言葉。
(それでも…)
傘の柄をにぎる志波の指に力がこもる。
(俺の心臓をかんたんに止める)
「…そんなこと言うな」
「え…?」
「俺のことなんて気にするなよ」
低い声でつぶやく志波に、少女は眉をさげた。
「なに言ってるの。心配するよ。友達でしょう?」
「…………」
志波は答えなかった。
友達、という言葉。
(ほら、お前はこんなに俺の心臓を止める)
志波は少女と同じような顔のまま、笑った。
(この雨のように、お前が好きだ)
しみこむように。
ゆっくりとあたりを濡らしていく雨。
(俺はこの雨のように、お前の心のなかに入りたい)
少女の心をぜんぶ濡らして。
すべて濃い色に染めて。
(俺だけを見てほしい)
今の自分には無理なことだけど。
願わずにはいられない。
(どうか俺がすべてに決着をつけたら…こいつに伝えられるように)
自分の思いを。
こころの熱を。
(まっすぐ目を見て言えるように)
志波はまた空を見上げた。
降ってくる、雨。
やみそうにもないそれは、志波の願いを受け取ったように感じた。
「梅雨、か…」
わるくない。
そう思った。
濡れた制服の肩をみて、志波が笑った。
どうか、願いが叶いますように。
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