GS2
□2007/07/07 氷上
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今日は7月7日。
「七夕だね」
氷上の前で少女が笑った。
生徒会室。
そこに残っていたのは、氷上と同じ委員の少女だけだった。
もう夕闇になろうとしている今の時刻。
もともと氷上が一人で片付ける予定の雑務を、少女が善意で手伝ってくれたのがきっかけだった。
最後の書類に判を押して氷上が立ち上がる。
「そうだね七夕だ。それなのに、こんな時間までつき合わせてすまなかった」
ぺこりと頭をさげると、少女があわてて両手をふった。
「平気だよ、だいじょうぶ」
「そうかい? ご家族となにか予定はなかったのかと心配だったんだが」
「予定・・? 別にないけど」
少女がすこし首をかしげた。
「君の家では七夕を祝わないのかい?」
氷上の言葉に少女が驚いたようだった。
「氷上くんのお家はするの?」
「ああ、毎年ね。笹を用意して短冊に願いを書くよ」
「へえ」
少女が楽しそうに笑った。
「氷上くんはなにを書いたの?」
「え」
「お願いごと」
「あ、ああ・・え、と」
氷上の頬がやんわりと染まりだす。
「氷上くん?」
「ま、まあいいじゃないか! それより君は七夕の由来を知っているかいっ!」
思わず大きな声になってしまった。
二人きりだけの生徒会室にひびく音に、少女が驚きながら氷上を見る。
「七夕の由来・・?」
「ああ」
氷上がこくこくと頷く。
「ん〜・・」
少し考え込んで。
「彦星と織姫のお話・・?」
少女が答える。
その顔からはもう驚きの色は消えていて。
かわりに浮かんでいたのは「知りたい」という興味の色。
氷上がほっとしたような顔になる。
「それもあるけれど、由来は別なんだよ」
話の軸をずらしながら話しはじめた。
「七夕は元来中国の行事であったものが奈良時代に伝わったものなんだ。そこに日本の棚織津女の伝説と合わさって生まれたらしい」
「たなばたつめ?」
「そう、棚織津女。彼女はかの古事記にも記されている伝説の巫女なんだ」
「へえ」
「村の災厄を取り除いてもらうために、水辺で神の衣を織り、一夜妻となるために神を待つんだそうだ」
「氷上くん。よく知ってるね」
「調べてみることはとても有意義だからね。君もちょっとした疑問を調べてみるといい。きっと楽しいよ」
「うん、そうしてみる」
少女が笑う。
その微笑みに、氷上は残務に疲れていた心と体が癒される思いだった。
自然と。
眼鏡の奥の瞳がやわらぐ。
「さあ、帰ろうか。送るよ」
氷上の言葉に。
「ありがとう・・・・あ!」
少女が思い出したように小さな声をあげた。
「ん?」
「氷上くん。少しだけ待っててくれる?」
少女がかばんの中に手を入れながら聞いた。
「ああ、かまわない」
うなずく。
少女を待つあいだ。
氷上は空を見ていた。
窓枠から見えるそこに雲はない。
ただ夕色と闇色がまじりあっているだけ。
きれいだった。
(これなら星がよく見える)
氷上はそんなことを思っていた。