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□2007/01/10 姫条
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「グハアッ」


そこまでだった。


姫条がソファから飛び起きる。


「ま、またや・・・」


息を乱しながら姫条はあたりを見た。


足元にぶつかる古びたギター。
先輩からもらった茶色のテレビ。
小さい冷蔵庫に洗濯機。


すぐそばの窓からは外灯の白さが見えた。


部屋はもう夕方。


「・・・・ハア」


そこは倉庫を改造した姫条の家だった。


「また夢・・」


ぽつりとつぶやく。


ソファから立ち上がることも、暗くなりつつある部屋の電気をつけることもなく、姫条は濃紫の髪をかきあげた。


「・・ありえへん・・・心臓ブチ壊れるかと思た・・」


そして自分の左胸に手をあてる。


どくん。
どくん。
どくん。


いつもより早い動きが手のひらに伝わって、姫条は複雑な顔をした。


(たかが夢でこんなんなって、どうすんのや)


ジーンズのポケットにねじこんでいた携帯を取り出した。


二つ折りのそれを開けると、まぶしい液晶の中に一人の少女の姿。


バラ色の髪。
透きとおるような白肌。
優美な微笑み。


待ち受けにされている相手は姫条の彼女だった。


「・・・・・・・」


姫条は画面をしばらく見つめつづけた。


そして思うことは。


(こんなんじゃ抱けへんやん)


軟派に見えても姫条はきちんと誰かとつきあったことはない。


(夢でこんなグダグダやったら本番はどうなるっちゅうねん・・)


おそらく少女も初めてだと思う。


そうなれば自分がリードするしかないのだ。


(・・いや、違うか。リードしたいんや)


少女に格好わるい姿は見せたくない。


(それが男心っちゅうやつやろ?)


つきあうようになって一週間。


はっきり言って、今すぐにでも抱きたいと姫条は思っている。


思いを伝えた日に、キスはした。


ガラにもなく指が震えてしまった。


嬉しくて、心臓が揺れて、頭がくらくらして。


少女は「彼女」で自分の好きにできる。


そう思った次の日から、姫条の夢地獄がはじまった。


眠れば男の妄想そのままに出てくる少女。


そのたびに姫条は飛び起きるのだ。


夢だというのに、起きたての心臓の揺れは尋常ではない。


そしてそこから送り出された血液は、姫条のペニスを痛いほど勃ち上がらせてしまう。


(死ぬ・・・このままや死ぬ・・)


そして一番の問題は。


「夢なのに最後までできへんし・・」


これが最悪なのだ。


ピンクの背景。
ふだんと違うしゃべり方。
官能的な衣装。


明らかに本物の少女と違うのに、いちいち反応してしまう。


抱きたいと思ってしまう。


それが毎夜続けば、


(夢でもいいから最後までやらせてくれ)


そう思うのは仕方ないだろう。


夜は小悪魔のような少女の幻影に惑わされ。
昼は天使のような少女に微笑まれる。


本物の彼女はとても無垢で、今の姫条にはまぶしくうつった。


いっそ夢の中でも抱ければ、学園で欲情することもなくなるだろうに。


「ハア・・・飯でも食お」


考えても変わらない。


姫条は夕食を作るべく台所に向かった。


「今夜は肉パーティーやッ、肉食って!肉食って!肉食って寝るんやーッ」


テンションを上げるべく意味もなく一人で叫んでみたが、あまり必要はなかった。


冷蔵庫の中で待っていた肉のパックをつかんでしまえば、いやがおうにもワクワクしてくる。


学生の身ながら一人暮らしをする姫条にとって、肉は高級品のなにものでもない。


それがスーパーで普通に売られているノーブランドのものでも同じこと。


ここだけの話、ふだんの料理には最小の分量しか使わない。


(けどやっぱり、たまには豪快に肉、食いたいやんなあ)


その思いで、一ヶ月に一回は「肉の日」と決めているのだ。


そんなこんなで。


「肉〜、肉〜、にっく肉〜♪」


姫条はフライパンに肉を投入した。


「今夜は肉炒めやねん。野菜炒めやないで?肉炒めや!肉が主役やねんッ!」


異様なテンションのもと、料理を開始する。


ジュージューと。


熱された鉄の上で肉が焼ける。


あたりに漂う、独特な香り。


「・・旨そうやんな〜」


ゴクリとのどを鳴らしながら、焼かれていく肉を凝視した。


フライパンの中で肉が茶色に変わっていく。


けれどいくつかは中身が赤いまま。


「……………」


菜箸を持っていた姫条の手が止まった。


ちらちらと揺れる赤い肉。


セックスの経験はなくても知識はあった。


姫条にとって、赤い生肉が少女の花弁のひだに見えてしまったのだ。


同時にペニスが勃起する。


「・・・・ありえへん」


姫条はコンロの火を止めると、打ちつけるように自分の額を台所の壁にあてた。


(肉見て、欲情て・・・・変態やん。情けな・・)


姫条は深くため息をついた。


(もうやめよか・・)


少女に恋すること。


こんなに振り回されるなら。
情けない思いをするなら。


(別れてしまえばええんや)


そうすれば、自分は「軟派な姫条」として生活できる。


それこそ言い寄ってくる異性とも適当に遊べるのだ。


(けど・・・)


姫条は、もっと壁に額を押しつけた。


「そんなん全然楽しないわ・・」


朝、一緒に登校するのも。
昼、たまたま目が合って笑うのも。
夜、おやすみの電話をするのも。


少女と共有した時間は少ないけれど、そんな些細なことが姫条にとっての幸福だった。


「やっぱり俺はあいつが好きやねん・・」


姫条はせつなげに眉を寄せた。


少女を思うことを止められないのなら。


なかったことに、できないのなら。


「覚悟、決めるしかないんやな」


姫条は顔を上げた。


明日は日曜日。


少女とはデートの約束をしてある。


「決めた。明日やる」


肉に欲情するなら本物がいい。


少女と別れようと血迷ってしまうなら行動すればいい。


「答えなんて、いつも決まっとる」


姫条の瞳。


もう迷いは見当たらなかった。
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