Long Dream Story

□そんな話は聞いてません。
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流し台の前に立ち、手早く皿を洗っていく静雄と、静雄が洗い終わった皿を拭いていく彼方。
ポツリポツリと交わされる会話はどこかぎこちなく、けれど、今日怒鳴り合いをしたとは思えぬほどには穏やかだった。

その最中、彼方は静雄の隣に並びながら、意外そうな声で呟いた。


「平和島…さんって、お皿洗えるん、ですね」


失礼なようなそうでないような言葉は、彼方のぼんやりとした眼差しと、悪意のないその様子によって、静雄を苛立たせることはなかった。


「当たり前だろ?一人で暮らしてんだ、このくらい出来ねぇとよ…」

「そうじゃなくて、お皿とか割らずに洗えるん…ですね」


ピキリと静雄のこめかみに青筋が立つが、彼方はあくまで純粋な感情のまま言葉を続けているとわかるため、静雄も必死に冷静さを保とうとする。
しかし、そんな静雄の努力を打ち砕くように彼方は言葉を続けた。


「触っただけで、お皿が木っ端微塵にってことを想像して…ました」

「オイ…テメェ。俺のことをなんだと…」


静雄の低められた声。
彼方は表情も変えずに感じたままを答えた。


「池袋最強の喧嘩人形」


恐れも迷いもなく、あるのはほんの少しの好意だけ。
幾多もの人間が静雄をこう表現し揶揄してきた言葉。
それを彼方はいつもと変わらぬ無防備な様子で紡ぐ。
池袋最強はそんな少女に面食らい、自然と頬をゆるませた。
そんな自分の反応に静雄は戸惑う。

彼方は静雄の暴力的な本質を知りながらも、彼と普通に言葉を交わす。
そんな些細に思えるような事が、静雄には酷く嬉しかったのだろう。
静雄も彼方も気付くことはなかったが…。

食器を片付け終わると、2人はキッチンを出て、短い廊下とも言えぬような所を歩いていく。
その途中にふと静雄が立ち止まった。
忘れていた重要なことを思い出したかのように。


「彼方!お前…、首の傷手当てしたか…!?」


唐突に張り上げられた静雄の声に、彼方は眠たげな瞳を瞬かせた後、ゆっくりと首を横に振った。



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