Long Dream Story

□そんな話は聞いてません。
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彼方は呆然としていた。
ベッドにぐたりと倒れながら、彼方を投げ飛ばした張本人が駆け寄ってくるのを視認しながら。


痛くない。
平和島静雄に投げ飛ばされたのに何で?
体のどこにも痛みがない。
何で、平和島静雄がそんな顔をしているの。
まるで、父さんや兄さんみたいな。
時々、私を叱った後にするような、やり過ぎたかと後悔しているような。
不安そうで心配そうな……。
どうして、平和島静雄がそんな顔をするのよ。


「彼方!大丈夫か!?わりぃ。怪我は――っ!!」


彼方はポタリと雫をこぼした。
ポロポロと後から後から溢れ、流れ出すそれに、静雄は息を飲み、その涙を拭うことも出来ぬまま、彼方から離れるように後ずさろうとした。
しかし、それは彼方の細い指先に阻止された。
静雄のバーテン服を掴み、必死に引き留めようとする。
静雄には、縋り付くように絡められた指を振り払うことなど出来はしなかった。
驚きながらも、静雄には、その手が愛しいものに思えた。


「おい。どうしたっ?どこが痛むんだ?」


平和島静雄の顔が近い。
私を心配しているのだと聞かなくてもわかる。


彼方は己が流している涙に気づかぬまま、静雄の首へと両腕を回し抱き付いた。


「おっ、おいっ!!?」


静雄はあまりの驚きに硬直してしまう。
彼方は静雄の首筋に顔を埋めた。
だんだんと静雄の首筋が濡れてゆく。


「………たい…」


くぐもった彼方の声は聞き取りづらく、静雄は戸惑いつつも彼方に聞き返した。


「かえりたい、よ…」


静雄は大きく目を見開いた。
静雄は既に彼方がか弱いだけの少女だとは思っていない。
心を許していない相手に弱音を吐くような人間だとは思っていない。
その彼方が己に必死にすがり付き、助けを求めてくることに、静雄は衝撃を受けた。


「わ、りぃ……」


顔をあげた彼方は涙に気付いたのか、濡れた頬や目を拭って、真っ直ぐに静雄を見つめた。


「何で、平和島、さんが謝る…んですか」



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