血の運命の部屋☆第二部☆

□恋する日曜日
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週に一回やってくる日曜日、イルーゾォは少し早めに歩いた。自分でも驚くぐらいソワソワしている。
カランカランとベルの音を鳴らしてドアを開ける。その喫茶店は落ち着いた内装をしていて、窓際は大通りに面している。女性客が比較的多くて、特にイルーゾォの来た時間は母親の集まりだとか女子会という名目で女が集まっている。そんなことには目もくれず当たりを見渡すと、パタパタと歩み寄ってくる少女がいた。イルーゾォを見掛けるとほんのりと頬を染めて微笑む。

「いらっしゃいませ、お久しぶりです」
「まぁ……先週も来たけど」
「だとしても1週間ぶりですから。お席へご案内しますね」
「ああ」

目の前をせっせと歩く少女を見て癒される。
汐華初流乃はカフェで働く高校生である。大人しいが任されたことはきちんとやるし、評判も悪くない所謂「良い子」と評される少女。初めて出会ったのは2,3ヶ月前だった気がする。会社に近いからと偶々入ったカフェに偶々いたのが初流乃である。別段その一瞬で初流乃が気にいった訳では無いけれどそれから何度か立ち寄るようになった。
初流乃と話すことはつい最近までなかったが、初流乃から話してきたはずだ。「いつもありがとうございます」と少し嬉しそうに言ってきた。それはきっと店員としての社交辞令の台詞なのだろう。だが、それがとても嬉しかったのを覚えている。
イルーゾォが毎週日曜日にかフェに行くようなったのはそれからだ。会う度に親しくなっていくのが楽しくて、だんだんと増えていく会話の話題がやみつきになっていく。

「いつものエスプレッソでいいですか?」
「あぁ、それで」
「かしこまりました」

いつもの、だなんて頼めるほど何度も来た覚えはないが、初流乃は「いつも頼むのが一緒なので覚えてしまいました」と柔らかく微笑むのだ。それがどうしても可愛くてたまらない。だからといってずっと彼女の働いていることを見ているのも変だ。またこっちに来た時にでも話せればいい。今日はせっかくの日曜日だからせめて仕事先から連絡が来ませんように……そう思いながらイルーゾォは持ってきた本を開いた。

初流乃は最近よく来てくれる常連と仲良くなった。毎週日曜日にやってくる彼はいつもエスプレッソを頼む。なんてことは無く相手にとってはただの社交辞令なのだろうとは思うが、天気の話とか1週間お疲れ様ですとか……他愛もないちょっとした会話である。初流乃はそれが楽しかった。だから初流乃は日曜日が楽しみだった。

「お待たせしました、エスプレッソです」
「ありがとう、置いておいてくれ」

本から目を上げて答える。いつものカップに注がれた真っ黒のエスプレッソと付け合せのクッキー。初流乃と目を合わせると初流乃は読んでいる本にちらっと目をやって言う。

「その本、僕も読みましたよ」

よく本を読むんですと以前言っていた。……だからイルーゾォは普段は読まないジャンルの小説を買ったのだ。興味はなかったが賞を取ったとか取ってないとか、今売れてるだとか。イルーゾォは、別に流行に乗ることを毛嫌いしている訳では無い。しかし流行に踊らされるのは癪に障るという考えの持ち主である。
けれども、店員と常連というただの関係の間に何かちょっとした繋がりが欲しかった。共通の話題の一つや二つ模索したっていいだろう。流行りものなら初流乃も知っていそうだからという下心で読んでも許して欲しい。

「これか?さっき買ってきた」
「面白かったです。また読んだらお話しましょう?」

初流乃は嬉しそうに言った。やはり読んでいたか、買ってよかったとイルーゾォは安堵する。なぜホッとしたのかは分からないがとにかく共通の話題が持てたことが嬉しい。

「そうだな」

来週までに読んでくるさとイルーゾォが言うと、初流乃は爛々と目を輝かせて頷いた。ヘルプのベルの音が鳴って初流乃は仕事に戻る。その背中をイルーゾォは名残惜しそうに見送った。来週も会えるはずなのに。

来週も彼と話が出来る。そう思うと居ても立っても居られなかった。
普段は冷静で落ち着いているとかクールだとか言われるのに、彼関係ではどうもそれが上手くいかない。こんなに浮き足立つだなんて思ってなかったのに。何とか平静を保って何事もなかったかのように仕事をする。

これが彼らの日曜日の楽しみである。

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