血の運命の部屋☆第二部☆

□本当は出逢っていた
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「いつも何見てんのさ」
「別に何も」

立ち並ぶコンクリートの隙間にひっそりと立つ何の変哲もないビルの中にいる。俺が窓際にいるといつも見かける少女がいる。ただ通り掛かるだけのその少女は別に知り合いでもなんでもない。小柄で華奢な体つきで何よりも目立つ金色の三つ編みが歩く度にゆらゆらと揺れ動くのが印象的なだけだ。名前も声も性格も知らないが、兎にも角にも足りない語彙力で言うなれば陶製のヴィンテージドールのようだ。昼間のカフェテラスにいた見知らぬ少女が読んでいた絵本から飛び出してきた姫の主人公のようだ。
別に俺は名前が知りたい訳では無い。通りかかったからって「やあこんにちは」と声をかける訳でもない。むしろ掛けてもそいつは困るだろうしかけられても俺は困る。お互い素知らぬ方が気が楽だ。そもそも、知っているのは俺だけだ。
その少女は今日も窓際の端から端へ移動してどこかへ消えた。どこかへ向かっているのかもしれないし、家に帰っているのかもしれない。知ったことではないけれど。
例えばあの少女はどこに住んでいるのだろうか。海辺で住んでいるのだろうか。だとしたらあんなにも白い肌をしているのは如何なものか。いやいや海辺でも外に出なければ焼けることは無いのだし。箱入り娘だろうか。それともあの丘の上か。それにしたって遠すぎる。決まった道を通るのだから通学、という理由かもしれない。あの都市では考えにくいけど通勤かもしれない。
あの少女が通るといつも考える。どこからどこへ向かっているのか。考えたって仕方ない。
浮かんでは消える少女を振り払って窓から離れればいつもの世界はそこにある。打ちっぱなしのコンクリートが囲った職場に向き合った。夢は終わりだ。

夕暮れだ。そろそろ少女が通る時間である。窓際で待っていると、やはり通った。行きに消えていった方角から背を綺麗に伸ばして歩いている。その姿はどこの女よりも確たるや、格調高い美術品のようである。手入れの行き届いた髪を揺らしている。夕暮れの赤が髪色に溶け込んで少しオレンジがかったように見えるのも綺麗だ。こちらを見ることがない真っ直ぐ前を向いている視線は揺らぐことがない。気分でいえばパリコレを見ているかのようだ。窓際の真ん中まで歩いて来たところで予想外のことが起こった。
今までずっと見知らぬ少女を見ているだけだった。だけだったはずなのだ。俺だけの秘密だった。何の意味もなく窓際を眺めて、そこにただいつも通り掛かる少女がいるだけだった。だけだったのに。
「あ」
目が合ったのだ。バッチリと。年端も行かない幼い顔立ちにとは似合わないぐらい大人びた視線をしている。いつも上から見ているだけで気が付かなかったがただの少女ではなく、女性の目をしている。翡翠で出来たガラス玉のようにコロコロとした目が捉えた。
──なんてことだ。知り合ってしまった。こちらがあちらを認識していただけだと思っていたのに、あちらがこちらを認識した。俺はただ、景色に溶け込んでいるあの美しい少女が歩いているのを見たかっただけなのに。
少女はバツが悪そうに慌てふためく俺を捉えて、ふと微笑んだ。そんなに綺麗に笑うのか。歳は知らないが幼さ残るその容姿でそんなにも綺麗に笑むのか。絵になる様になるとはつまりこの事で、その少女は絵画のようだ。昔どこかの美術館に行った時の絵画のような。
笑んだ少女はしばらく俺を見てから軽く会釈をしてその場を去った。何事も無かったかのように時は過ぎた。多分あれは夢だ。働き詰めで疲れてるのか。

明くる日も明くる日も少女は会釈してきた。
これが彼女との出会いである。

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