血の運命の部屋☆第二部☆

□改めまして
1ページ/1ページ

いつもこちらを眺めてくる人がいるのです。何をするでもなくただこちらをじっと見てくる人がいるのです。同じビルの同じ部屋からこちらを眺めてくる人。
僕がそのビルの前を通ると初めは気にしていない様子のあの人が段々とこちらに向くのです。そしてそのビルを通り過ぎるまでずっと視線で追いかけてくるのです。
これだけ聞くと恐ろしく思えるでしょう? だけれど、僕が感じたのはそんな恐ろしいものではありませんでした。その人はただ純粋に景色を見ているだけなのだろうと。街中の自分を「自分のいるビルの前を通り過ぎる少女」だと認識している。ただそれだけ。
でも、あちらが外を気になるようにこちらだってその人が気になります。部屋の中は暗くてよく顔が見えません。なので何度か目の前を歩いたある日、意を決して顔を確認しようと思いました。
いつものように窓の前を通ると、やはり視線を感じ、窓の前まで来て顔を上げました。そこには視線の正体がいました。その人は僕が顔を合わせた時、ビックリしたのか焦っていたようでした。
いつも僕を見ていた人は黒い髪をした人でした。どちらかと言うと東洋を彷彿とさせるような方で僕を見て慌てている様子がなんだかとても可愛らしいと思ったのです。
目と目があって何もしないというのもなんだか変ですから軽く会釈をすると、彼はひと呼吸おいてから小さく会釈を返してくれました。そのまま彼は部屋の中に隠れてしまいましたが、それが嬉しくて僕は上機嫌のまま帰路に着いたのです。
途端に興味の対象はその視線ではなく彼に移りました。一体何の仕事をしている人なのだろう。建物の表面には特に何も書いてなくて、どんな会社だとか誰が住んでいるとかの確認のしようがありませんでした。少しだけ玄関にお邪魔して覗いたポストにも一切書かれていなかったのです。
とにかく謎に包まれた彼を明かすものは何も無く、僕はその秘密の存在に胸を躍らせたのです。秘密裏の仕事をしているのだろうか、それとも普通の会社員だろうか。はたまた姿を隠しているどこぞの王子様とか。なんとなくそんな妄想に耽りながら彼について考えていたのです。
明くる日も明くる日も彼は僕の事を見ていて、目が合うと会釈をしてくれました。名前も声も知らない挨拶をするだけの仲。なんだか特別不思議な感じがしました。目が合っている時は、2人だけの空間が出来ていたような気がするのです。
それから会釈だけではなく小さく手を振ってくれることもありました。その時の嬉しさをどう表したらいいか。ステップを登っていくというのはこの事で僕達はゆっくりと距離が縮まっていくのを感じました。

そうしたある日の帰り道、日課となっていた彼と出会う時間にワクワクしながら上を見上げると、彼はいませんでした。まぁ毎日同じ時間に同じ場所にいるとは限りませんし仕方ない。僕は少し残念でした。
ずっと窓の外を眺めるのも飽きるでしょうし、自惚れながら僕を眺めているのだとしたら、それも飽きるでしょう。
それで僕は潔く帰ろうと思っていたのですが、そのビルの玄関からその人が現れたのです。初めて陽の光の下で見る彼の姿。彼は少し照れながら僕に1つ呟くように言いました。
「こんにちは……」
「こんにちは、貴方の声を初めて聞きました」
初めて聞いた彼の声。僕よりずっと大人な彼、思っていたより身長が高いのですね。彼はそのあと何も言わず困ったようにしていました。そんな彼がやっぱり可愛いので僕から先に自己紹介を。
「改めて、初めまして」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ