Sample置き場

□鏡裏、華と往く
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 雲ひとつない憂いひとつない晴天の青空である。四月の晴れ渡る春先の出来事だった。イルーゾォには一つの悪い癖がある。
「あれ、イルーゾォは?」
「いつものやつだろ」
 ギアッチョが舌打ちした。その様子を見て、「またか」と、リゾットがため息をつく。いつものことである。仕事について話すことがあったのだが、どうにもイルーゾォと顔を合わせるのは夕方になりそうだ。
「まあ、急ぎでは無いから帰ってきてからにしよう」
 彼の悪癖というのは逃避癖で、なにか自分に不利益なことが起こりそうになると腰が引けて逃げようとする。どうにも仕事が乗り気でなかったらしい。彼は逃亡したのである。それは既に暗殺チームの中で周知の事実であり、誰も直せとは言わなかった。帰ってきた時にちょっと殴るだけである。それはそれで帰りたくなくなるが。
 彼の逃避癖はもはや突発的なものであり、ふとした瞬間突然「逃げよう」と思うのである。仕事中にその癖が出たことは今のところない。イルーゾォ自身それを直そうと思う時はあるのだが、未だにその癖は抜けない。
 一人にして欲しい時は誰にだってある。永遠に孤独になりたい訳では無いが、たまに誰もいないところに逃げたくなる。彼の逃げる癖は幼い頃からあった。
 ここは誰一人いない世界。黙々とただひたすら歩くのがイルーゾォの趣味なのだった。彼のスタンドは暗殺向きであり、彼の癖と相性がピッタリはまっていた。
 一人ぼっちの鏡の世界を歩く。元の世界は騒々しい。本来人が溢れている大通りもこの世界では閑静で人っ子一人居ない。そんな自分だけの世界が心地よい。そう思っていた。
 思っていたのだが。
「……?」
「なんで……なんで人間がっ!?」
 花屋の前で立ちすくんでいる子どもが一人、無表情で店先の花を眺めていた。
 鏡の世界はイルーゾォか「許可」したもののみが入る事を許される。今日だって自分だけが入っているはずだった。なのに、彼の目の前には見たこともない子どもが突っ立っている。驚くのも無理はなかった。そして誰もいない大通りで慌てることも泣くことも無くその事象を受け入れているかのような無感情の子どもというのは中々に奇妙だ。
 少年がふと顔を上げてイルーゾォに気付く。
「おじさん誰ですか?」
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