長編小説部屋

□Episode.06
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「分かってくれたなら次はその肉を揚げるわよ! 温度は中温……じゃなく低温でね。温度が高いと表面だけ火が通って中はレアになっちゃうからね!」

 魔界の炎は非常に火力が強く、此処のシェフ達はよくあの火力で満遍なく火が通せるものだと感心する程だ。揚げ物をしている時は魔法か何かをかけているのかと疑問を浮かべる舞である。
 粉を塗して油の中に一つずつ投入していくが、ここまでのルミアの動きは申し分ない。表情を見ても緊張している部分は一切無く、リラックスしながら料理を続けている。やはりこの状態では難なく熟す事は出来るが、一度緊張してしまったら料理どころの騒ぎではなくなってしまう。昇格試験では己の進退が関わってくるので、その時にこの実力を出せるかどうかが要となるだろう。
 だがそれらの解決法はどれだけ考えでも見つからず、後は相応の経験を踏んで身体で覚えさせるしかない。その為にも凝った料理ではなくシンプルな料理が一番該当するはず。それも舞の狙いである。
 肉が揚がるまで少し時間があり、その間に舞は更なるソースを作り出した。一つは油と生卵と調味料を混ぜて作ったマヨネーズと、ケチャップを混ぜたチロリアンソース。そして醤油ベースの甘酢あんだ。
 そして鍋の中で甲高い高音を奏でるのは唐揚げではなく実は竜田揚げ。唐揚げよりも食感が良いだけでなく、これらのソースに合うのはカラッと揚がった竜田揚げの方が一番応用が利くのだと舞は確信している。
 それらを教えている間もリヴァとミルの二人は熱心に話を聞き、自身のメモ帳にしっかりと書き加えている。ふとミルが隣を見ると、先程まで揚げ物を食べていたジェシカがいつの間にか居ないではないか。視線を少し上げると、先程作ったとんかつソースが入ったボールを持ちながら忍び足で部屋を出ようとしている姿が……。

「ジェシカ、何をしているのですか?」
「おっ!? い……いや、折角のソースが傷んだら勿体無いと思ってな。冷蔵庫に……」
「冷蔵庫なら逆の方向ですよ」
「じ、実はアスタがこのソースで揚げ物を食べたいと言い出してな……ははっ」
「アスタは此処には居ませんが……。そろそろ大概にしておかないと私も何をするか分かりませんよ」

 その言葉があまりにも重圧過ぎたのか、ジェシカは顔を青ざめさせながら持っていたボールをそっとテーブルの上に置く。双子で産まれたはずの二人だが、力関係はどうやらミルに軍配が上がっているようだ。何があったのかは知らない方がいいだろう。それは彼女の表情が語らずとも語ってくれているのだから。
 事の全貌に気付かなかった舞は遅れて二人に視線を移すが、既に事件は完結していた。沈んでいるジェシカに笑みを向けているミルの姿に、何故かこちらとの空気の温度差を感じた事に首を傾げる。
 一際甲高い音が弾け、肉が揚げ上がった事を知らせてくれる。その瞬間を逃さずにサッと油から上げると、こんがりと揚がった狐色の立田揚げが完成した。箸で開けば中まで充分に火が通り、出来は舞が納得出来るレベルである。

「じゃあ色々試してみましょ。あたしは塩か、甘酢あんが好きかなー」
「舞、これも昇格試験に出す品かい?」
「そのつもりだけど……簡単過ぎてダメかな?」
「否定はしないよ。私が言いたいのはシンプル故に味の誤魔化しがきかない点をソースの種類で補うのは良い着目点だが、それでは制限があるという事だよ」

 リヴァが告げたのは最もであるが、先程作った幾つかのソースはその対処の為である。人の味覚が千差万別なのは当然の事で、そのソースが万人の好みに合うかどうかは誰も分からない。だからこそ数種類のソースを準備する事で好みに合った物を選んで貰う事で問題をクリアしようとしていた。
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