長編小説部屋

□Episode.01
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 真っ青な空には暖かな日差しを送ってくれる眩しい太陽が顔を出していた。時刻は八時四十分を過ぎた頃。町は既に目覚め、道路には通勤や登校する人々で波が出来ている。
 いつもの朝。それは何ら変わりなく訪れる風景の一角から騒がしい音と声が響いてきた。

「やっばぁぁ、遅刻しちゃうぅーーッ!!」

 家の戸を蹴り倒して飛び出したのは、調理師専門学校に通う十九歳の神埼 舞。大きなポニーテールを靡かせながら全力で走る姿は陸上選手にも引けを取らないだろう。
 両親が共に経営している和食店の跡を引き継ぐ為と、趣味の料理が相成ってこの道を選んだ。家から学校までは近い距離で、本来ならば遅刻は皆無に等しいはず。だが彼女は近いという事で少々甘んじた結果がここで露呈されてしまっている。
 先日までは自転車という機動力があったが、車庫を覗けば見るも無残な姿に変わり果てている。今朝同様に遅刻間近で突っ走ってしまった所為で車と接触してしまった事がこのような結果を導いてしまったのだが、当の本人が元気なのは当たる直前に緊急離脱した事が大きな成果と言えよう。
 直角に曲がる交差点を身体で覚えたアウト・イン・アウト走行は華麗の一言に尽きるが、その姿を見た近所の人は挨拶をする暇すら全く与えられなかった。
 更に加速しようと、視野を全域に広げて障害物となりうる物の全てを確認する。僅かな減速も許されないのは、確実に遅刻の二文字へと導いてしまうからだ。
 ふと目に留まった上空から落下してくる何か。だがどうやら鳥ではなさそうだ。鳥ならば翼を広げているので離れていても何となく姿は分かるが、あの影は空では見慣れない異型である。
 次第に大きくなり、何処と無く見覚えのある容姿に疑問が浮かんでくる。あの形はどうみても何かに跨っている人間だが、此処は現実の世界であり、お伽話でない限り空からそんなものが降りてくる事は考えられない。
 一瞬だけ躊躇するも木々の隙間から遥か先に見えた学校に意識を呼び戻され、視線を再び前方に戻して更に速度を上げる。だがやはり気になる上空の影に視線を向けると、落ちてきた物体はいつの間にか目の前まで接近していた。

「ちょっと! 一体なに…………げふぉっ!?」

 考える間も無く突撃された舞の目が勢いのあまりに飛び出し、本日の最高速を出していた飛脚の足は強制的に制動させられた。その空間だけがまるでスローモーションのようにゆっくりと時が流れ、彼女の思考までもが全て急停止する。
 一体何がどうなってこのような事態が発生したのか。振り返るも、いつもの朝を過ごし、遅れ気味で家を出るという普通の生活を送っていたはずだ。これは天が下した罰なのか、はたまた偶然の産物が生み出したささやかな贈り物なのかは神のみぞ知る所。
 だがこれが彼女にとって今までにない運命の路線に乗った瞬間でもあった。
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