長編小説部屋

□Episode.03
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 人込みをすり抜けてようやく到着するも、そこには長蛇の列が出来ていた。有名という噂ばかりが立ち、味自体は並というのがよくある話。だがこの屋台を見れば本当に美味しい餃子を出しているという事がよく分かった。
 食べている者や順番待ちをしている客を見れば一目瞭然で、皆の笑顔がとても眩しくてこちらの食欲を更に湧き立ててくれる。
 列の最後尾に並んで順番を待ち、暫くして自分達が注文出来るようになった。ワニ顔の店主の威勢がとても良く、黒いシャツに捻り鉢巻きは男らしさを感じる。熱い鉄板と戦っているので汗が噴き出すのは仕方が無いが、彼の表皮を見て一体何処から出ているのかが疑問である。
 舞は初めてなので一人前を注文するが、ルミアは二人前を頼んでいた。熱々の箱入り餃子を手渡されると、後ろから押されて強制的に離脱されてしまった。追加注文は再びこの列に並ばなければならないが、どうするかは実際に食べてから決める方が無難だろう。もしかすると大失敗をしてしまう可能性も無きにしも非ずだ。
 蓋を開ければたちまち香ばしい香りが昇る。ルミアは我慢出来なくなったのか、空いている椅子を見つけて舞を手招きしていた。
 先ずはそのままで、次にタレを付けて餃子とのバランスを味わう。パリッと程よく焼けた皮と噛んだ途端に溢れるのは味の濃い肉汁。肉と香味野菜とのバランスがとても良く、見事なコラボレートを演出していた。

「おいっしい! こんな餃子は初めてだよー!!」

 タレに含まれる酸味が濃い味をサッパリとさせて次の餃子を催促させる。隣のルミアは一言も発さずにもくもくと食べていた。
 魔界という所はこれ程までに食材に特化しているものなのか。ある程度は想定していたが、これは驚きの範疇を大きく飛び抜けてしまっている。だとすればルミアの主は想像も出来ない程に舌が肥えている事が容易に分かる。
 リヴァイアは主を唸らす事の出来る上級シェフ。この味で絶賛している舞が敵う相手なのだろうか。市場に並んでいる食材のほぼ全てをリヴァイアは把握しているはず。
 今なら分かる。もう一人のルミアであるウルフが売っていない獲物を狩ると言った意味が。いくら彼女が食材の特徴を熟知しているとはいえ、実際に料理が出来なければ只の物知りと言われるだけだろう。
 Sクラスの上級シェフに対して、こちらはEクラスの最下級シェフ。レベルの違いすぎる相手に勝負を挑んでしまった事を今更ながらに後悔し始めた。

「此処の餃子は……はむっ……マウリバオオブタという……はむっ……旨味の深いお肉を使って……はむっ……いるんですよ!」
「確かに味が深いわ……ね。肉と調味料、香味野菜が絶妙な割合で入って、お肉らしさを存分に引き出してる。うん、こんなにも美味しいといくらでも入っちゃうわね!」

 彼女の満面な笑みは不安という要因を拭い去る魔法でもかかっているのか。その表情を見ていると、後悔の念や不安など一瞬で掻き消されてしまう。強張っていた肩の力が抜けて再び食べる事に専念しようとした時、ルミアの指が舞の意識を呼び止めた。

「ではあれに挑戦してみますか?」

 指差した方向には一枚のチラシが貼り付けられ、それには『餃子二十人前を二十分で食べたら賞金三千グリル(G)』と記載されていた。

「グリルって何?」
「この世界のお金の事で、そちらの金額で言うと……えっと、九十万円ぐらいでしょうか」
「…………きゅうじゅうまんえん!?」
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