長編小説部屋

□Episode.08
1ページ/12ページ

 何処か遠くから聞こえる声。耳を傾ければ小さな声が飛び交っている。人の話す声と物が動く音が次第に近づき、ひんやりとした物が額に乗せられた。
 まだ夢の中にいるようなふわふわとした感覚の中で薄っすらと目を開けると、飛び込んできたのは不気味な顔をしたお面のような物であった。

「うわわわっ!?」

 驚いて跳ね起きた勢いで額を思い切りぶつけ、唸りながらうずくまった。目の前に星が飛ぶとはまさにこの事。舞は一気に目が醒めたようだ。

「いっ……たぁ。何、してんのよ」
「おはようございます♪ これはティキの置物と言って、眼から発される光は疲労を吸い取る効果があるんですよ!」
「目が醒めた瞬間にそんな物が目の前にあるとびっくりして仕方ないんだけど……」
「大丈夫です! きっとマイの身体は羽根のように軽くなってるはずです♪」

 人の顔であろう形をした置物だが、何とも言えない形相だ。一言で言えば絶望に慟哭して呻いている表情と言えばいいのだろうか。しかも眼が緑色に輝いているおまけ付き。その効果の程は……いつもの寝起きとさして変わりはない。
 目覚めて直ぐに彼女のペースに引き込まれて軽くうな垂れるが、二つの事を思い出した。
 一つは強制的に魔界に連れてこられて合コンに行けなかった事。ウルフに会ったら思い切り頬を引っ張ってやろうと思っていた。
 もう一つは学校に行かなければならない事。時の流れが違う為に、人間界の現在は今何時なのかが解らない。
 両手で頭を押さえ、メトロノームのように左右に振られる舞は混乱中の模様。やりたい事、やらなければならない事が脳内で整理されておらず、何から行動を起こしていいか錯乱しているようだ。
 兎にも角にも最優先事項は学校に行く事。無断欠席はおろか、遅刻でもしようものなら例のパンチ教師にどんな制裁を加えられるか分かったものではない。
 額に波打つ血管を浮かび上がらせるも、微笑むご愛嬌は忘れずにルミアの両肩を掴み、落ち着きながらも早急に人間界に戻るよう告げた。

「見てください! 魔界通販で、ドウコクリンゴが十個で三百グリルだそうですよぅ♪」
「そんな物いいから早く人間界に戻して! 学校に間に合わなくなっちゃう!」

 落ち着いて話すも、ルミアの見当違いな言葉にぶち切れた血管からは血が勢いよく噴き出す。ご愛嬌たっぷりの笑みは瞬時に必死な顔へと変貌を遂げ、ルミアは大地震が来たかのように大きく揺さぶられた。このマイペースぶりは相変わらずだ。
 通販のチラシを握り潰され、ルミアは頬を膨らませながら空間移動の黒い渦を出す。この渦の先は人間界だ。舞は形振り構わずに勢いよく飛び込んだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ