長編小説部屋

□Episode.12
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 渦での移動は瞬き程度のほんの僅かな時間で終え、三人は無事に城外にある厨房の前に吐き出された。始めにSクラスを見た所為か、この厨房の有り様にはつい眉間に皺が寄る。有り合わせの材料でとりあえず形にした程度の杜撰(ずさん)さなのだ。
 クラスが変われば待遇までもが違うのはおかしいのではないかと憤りを感じ、これでは上を目指す士気が上がるはずがないと思うのは至極当然である。
 顔を顰めていると身を切るような吹きすさぶ寒風が襲い掛かった。此処はコキュートス最深部のジュデッカ。一切の光が無く氷と闇に覆われた世界。

「さ……ささ、さぶっさぶっ……ささ、さささぁぁぁーーーーッ!!!」
「何処に行っても五月蝿い奴だね。少しは黙るって事を知らないのかい?」
「だだだだだっってててほほほ本当にさささ寒いんだだだっってばばば!!!!」
「ちょうど目の前に焜炉(コンロ)がありますから、火を起こしたついでに暖をとればよいですよぅ♪」

 奥の元栓を捻ると小さな黒い火が出てきた。次第に大きくなり炎から業火へと膨れ上がり、更には焜炉から大きくはみ出した。因みにこれが魔界の炎で強火である。

「あっっちちちぃぃぃーーーーーーっ!!!!」

 業火は人の魂を焼き尽くす火力を持ち、生身の人間では暖かいを通り越してまさに地獄の熱さである。この凄まじい熱気に身体の表側は即座に解消されるも、背中側は相変わらず凍てつく寒さだ。くるりと返ると背中側は解消されたが、今度は表側が寒い。再び回って表側を暖めるが、すぐに襲い掛かる寒風に再び背中側を暖めた。
 鼻水を垂らしながら一人でくるくると自転する姿はまるで川魚の炉辺(ろばた)焼きのようである。

「騒がしいか忙しいかのどちらかにしな。お前はそこまでして動き続けたいのかい?」
「さぁ、鱗を炙りますよぅ♪」

 金網に乗せた鱗を火の中に入れ、左右に振りながら表面のみを焦がしていく。この炎に対してルミアは熱さだけでなく心にも余裕がありそうだ。
 焜炉から離した鱗は真っ黒な炭と化している。炎に当てていたのは僅か数秒だが、あれだけの熱量を誇るのでどんな物でも瞬く間に炭化してしまうだろう。料理は火力が命と言われているが、少しばかり限度を越えてしまっているのではないかとの懸念が浮かぶ。

「いい感じに炙れました!」

 満面の笑みを送るが、どうも受け入れられない舞は苦笑いをするしかない。苦労して捕獲した鱗なのに、真っ黒になってしまったこの有り様では浮かばれるものも浮かばれないだろう。だがリヴァの眉が上がっている事が不思議でならない。

「いいね、火から離したタイミングが絶妙だよ。やるじゃないか」
「えへへ、たまたまですよぅ♪」

 これの何処がいい感じなのか説明を受けたい所だが、その必要は無くなった。徐に摘んだ鱗を持って指先で軽く弾くと、炭が綺麗に落ちていく。差し出された鱗をまじまじと見ると、黄金色に輝いて何とも香ばしい匂いが漂っていた。
 舌先でほんの少し舐めると広がってくるのはとても濃縮された味わい。まるで天日干しした魚のように味が凝縮されている。余計な調味料は必要とせず、鱗の出汁だけで十分に満足出来るだろう。
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