長編小説部屋

□Episode.04
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悲鳴は轟音が飲み込み、黒の火竜が大きく牙を向ける。リリスとの距離は僅か数十歩。避ける事はおろか、思考の全てが脳裏から消し去られる。灼熱の超温度が裾に触れ、炎に喰われかけたその刹那……目の前には二つの影が立ちはだかり、甲高い金切り音が耳の奥へと届いた。
何が起きたのか想像もつかず、気が付けば自身は耳を塞いで身を縮めていた。ゆっくりと視線を上げると先程の火竜は何処かに消え、二人の魔女が雄々しく身構えていた。一人はアスタ。そしてもう一人はなんとルミアだ。

「リリス、いい加減にするな。これ以上は許される範疇から超越するな!」
「マ……マイは私の大切な友達です。誰であっても傷付ける事はゆ……許さないですよ!」
   
まさかあの巨大な魔力に自ら立ち上がったというのか。これまで命に関わる危機は何度も訪れたが、助けてくれたのはいつもウルフだった。彼女の能力は百も承知で、対攻撃用の魔法は全く期待出来ないだけでなく、欲望に素直な魔女であるにも関わらず誰とも対立しない平和主義な面が非常に大きい。
だが今はシェフ界の最高責任者であるリリスに面と向かって立ち向かい、必死に舞を守ろうとしている。頼もしいながらも優しさに溢れるその姿に安堵だけでなく、こんな状況にまで追いやった者に対して怒りの炎が沸々と燃え上がる。怒気を含むその瞳は前の二人を押し退け、前線へと立ちはだかった。

「いいっ加減にしなさいよね!!   助手の件を他に振った事がそんなに気に入らないっての!?」
「囀るな……あくまでお前の所業に警告を与えたまで。あの業火を消した程度で得意になっては解釈に困る。此処に来た趣意はアスタ、大晩餐会の確認」
「大晩餐会?   ……そういえば忘れていたな!」
「当日は多忙。故に準備と配慮を求める」
   
此処にきて初めて聞いた大晩餐会の言葉に意識が傾く。以前リヴァイアが料理長を務めたスターチケットの晩餐会があったが、それとは異なるものなのか。あの時は各圏の王が集まった大掛かりなもので、勝手にSクラスの厨房を使用した事で大変な罰を受けると誤解していた事を思い出す。
アスタにその詳細を伺えば、大晩餐会は各圏の代表シェフ達が競って料理を振舞うもので、そこに出された料理に点数を付けられるとの事。そしてその点数によって今後の進展が決定するという。簡潔に言えばSクラス以上の者達の試験の事で、彼女達も一人のシェフとして技量が試される。
魔界は第一圏から第九圏まであるが、最下層に最も優秀なシェフが駐在する。即ちこの魔城にいるリリスが全魔界シェフの中でトップであり、アスタは第二位。第三位は第八圏の総料理長になるのだ。
魔城にある砂時計の本当の目的は大晩餐会の日時を示しているもので、昇格試験は最上位の者達にとって余興程度に過ぎないものであった。それを聞いて舞はあんぐりと口を開ける。とんでもない人物を相手にしてしまったと……。だが今更気負いしても後の祭りだと悟り、勇ましく胸を張って胸中に残った全ての言葉を吐き出す。
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