長編小説部屋

□Episode.06
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包丁とまな板を前にこれからルミアの指導に入ろうとしたその時、突如リヴァから制止と同時に提言が入った。その内容とは指導する場所を此処ではなく彼女の家ですればどうかという事である。理由を尋ねるとスパイスの類は此処よりも多く、調理器具も多くあるのだとか。
確かに以前訪れた時はスパイスの豊富さには圧巻し、流石Sクラスのシェフだと感心した記憶がある。そう言われてみれば納得出来ない事も無く、ルミアに問うも、どちらでも良いとの返事を受けた。ならば都合の良い方が得策だと思い家へと向かうが、これにはリヴァの思惑があった事は全く気づかなかった。
吹雪の中を移動し、一軒の家へと到着する。戸を開けるリヴァの後背には二人は勿論の事、ジェシカとミルも居た。この二人は自ら希望したもので、舞の指導と腕前を学ぶ為に着いて来た次第である。キッチンには数多くの調味料が並び、焜炉には出来上がったソースが眠っていた。
実は舞を此処に呼んだのはそれぞれの料理に対してどんなスパイスを選ぶのかを見たかったからである。彼女なら数が少なければそれに応じて対応するだろう。だが種類が豊富な場合は選択肢も増える事は明らかで、スパイスが変われば風味も変わるのは当然の事。リヴァは最高な状態で何を選んでどんな味にするのかを知りたかったのだ。

「舞、スパイスと食材は此処にある。好きな物を使っていいよ」
「何だか気持ち悪いくらい親切かもぉ……」
「他意は無いから気にしなくていい。私はお前の腕を盗む……ただそれだけだよ」
「まぁ、こっちの方が都合は良さそうだしね! 遠慮なく使わせて貰おうかな♪」

 ご機嫌でそれぞれの味を確かめながらルミアに指示を与えていく。先ずは鳥の唐揚げから教えていく算段だ。この料理はシンプルながらも幅が非常に広く、これを覚えてしまえば他の唐揚げ料理に応用出来るからだ。しかも舞の実家のお店では人気メニューの一つでもある。

「ルミア、先ずはこのお肉を一口大の大きさに切るの。そしたら摩った生姜と塩を混ぜて下味を付けるの。簡単でしょ?」
「分かりました! パクリと食べられる大きさですね!」
「そうそう、一口で食べられる大きさ……いや、万人が一口で食べられる大きさに切ってね」

 そう言わないと、とてつもなく大きな肉の塊になりかねないので言い直した。魔界の住人にはワニに似た魔人種がいる事を忘れてはならない。彼等は口が大きく開くので、それを基準にしてはならないからだ。知識豊富なルミアはそこも考えてしまう恐れがあるので言い直したのは間違いでは無いはずだ。
 彼女が肉を切っている最中、舞はスパイスの確認を改めて行う。そして徐にいくつかを選び、テーブルの上に置いた。切り分けた肉を別皿に置き、パヒュームジンジャーを摩り下ろし、ほんの少しの香辛料と塩を合わせて揉み込む。これで下味付けが完了だ。

「マイ、これだけでいいんですか?」
「そうだけど、何か他にしたい事があるの?」
「な、何でもないです! マイがこれでいいと言うなら私は満足です!」

 疑問を投げるルミアだが、先程の言葉にピンと来た。それは以前アスタにプリンを作った時の事だ。早々に下拵えを終わらせたのだが、ルミアはあまり時間が経っていないと疑問を投げかけてきた。その時は時間を掛ければ良い訳ではない事を諭したが、今回もそれに該当するのだろう。
 良い物を作る為には時間を惜しまない時もある。だが時間を掛ければ必ずしも美味しい物が出来る訳ではない。ルミア、そしてウルフに教えるのは舞がこれまで我が家で培った技術と経験である。簡単そうに見えて手抜きは一切無く、極めるのは毎日でも食べたくなる飽きの来ない料理だ。それはまさにシンプルでありながらもお腹一杯食べられる料理である。それを聞いたルミアはまるで憑き物が落ちたかのように納得してくれた。
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