掌編小説部屋

□Episode.03 一年を通して 三月/四月編
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「今日は楽しい雛祭りぃ〜♪」

 軽快な歌声を奏でながら居間でいそいそと動いているのは舞と母の美咲さん。二人の目の前には大きな雛壇が飾られている。今日は三月三日の雛祭りの日で、舞が産まれたと同時に両親が購入したものだ。
 健やかな成長を祈る節句の行司であるが、彼女はその願い通りにしっかりと成長を遂げているのは誰から見ても明らかだろう。
 思い出したように立ち上がってリビングに向かう途中、目覚めた直ぐであろうルミアが大きな欠伸と共に挨拶を交わしてきた。それと同時に後方にある雛壇を見つけ、首を傾げながら疑問を伝える。

「マイ、あの綺麗な階段は何ですかぁ?」
「あれは雛壇っていって、あたしが産まれた時にこの家に来た人形達なの。健康に育ちますようにってね。もう十九年も経ってるけど全然綺麗でしょ?」
「……ヒナダン? 変わった階段ですが、登ると良い事があるのですか?」
「ちゃんと話を聞いていたかなー? それともまだ寝ぼけているのかなー? 段を登ったらバチが当たっちゃうわよ!」
「むぅ、足を踏み入れると災いが起きるのですか! 危険極まりない階段ですから早く非難しましょう。それよりもぽんぽんが悲鳴を上げているのです!」

 彼女の興味は人形ではなく朝食にあったようで、お腹から聞こえた空腹を訴える悲鳴が舞を手招きしている。しかし雛壇を妙な方向で覚えてしまったので軌道修正を試みるが、彼女の脳内は既に食欲で満たされていて新しい情報を受け入れる隙間が無いようだ。
 朝食が終わって早々に片付けを済ますと、舞は外出の準備を始めた。何処に行くのかと問うと、雛壇に添えるお菓子をスーパーや洋菓子店に買いに行くとの事。それを聞いたルミアが一緒に動かないはずがない。

「マイ、私も行きますよぅ♪ ヒナダンにどんなお菓子を飾るのか興味があるのです!」
「あんたは食べる方に興味があるんでしょ? まぁ他にも買いたいから、荷物を持って貰うわよ♪」
「らじゃーです! 私はマイに一生着いて行きますよーぅ」

 どうしてそこまで鼻息が荒くなるのかは不明だが、とりあえず先に人間界のルールを改めて説明した。その都度注意していては時既に遅い事は過去の経験で立証済みで、先に伝えておけば少なからずでもこの暴走機関車は制御をしてくれるはず……と願いたい。
 買う物は家の食材と雛祭り用のケーキである。歩きながらその事を話すと、ルミアはゆっくりと首を傾げ始めた。

「マイはいつもお菓子を作るのに、どうしてけーきというお菓子は買うのですか?」
「いや、作れるんだけどさ……。ケーキは作るよりも買った方が断然安いの。それにホールを一人でなんて食べきれないし、カットして売ってる方が色んな種類を食べられるからね」
「マイの作るお菓子は大好物なので、私なら全部食べ切れる自信があります!」

 それは褒め言葉なのかは分からないが、彼女ならホールケーキを余裕で食べ切れるだろう。輝いている瞳は是非作って欲しいと遠回しに訴えているのだろうか。
 スーパーに入ると入り口付近には雛祭り用の菓子類が並べられているが、小さい頃はひなあられと甘酒が定番であった。だが今は様々な種類が置かれ、最早何が主体で売られているのか分からない状態になっている。だがこの現状に歓喜の声を上げる人物が隣にいる。
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