長編小説部屋

□Episode.10
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 先の出来事でなくとも、ウルフは一切の情を傾けずに獲物を仕留めるだろう。もしもルミアだったならば必要最低限に留めてくれてたかもしれない。そんな心情を悟ったのか、赤い瞳が未解決の答えを投げ掛けてきた。

「……案ずるな。狩ると言ってもマーメイドの鱗を数枚取るだけだ」
「え、輪切りとか唐揚げとかするんじゃないの?」
「誰もそんな事は言っていない。鱗から上等なスープが出来るとの事だが、身体は不味いらしいのでな。無駄な労力を消費するつもりは更々無い」

 その言葉を聞いて暗かった心に安堵の色が広がった。思い入れのあるマーメイドに殺生を与えなくてよいのだ。鱗を数枚取るだけなら良心も痛まず、狩りに専念する事が出来る。
 だがルミアからはそこまでの説明はなかった。きっと忘れているのか、はたまた狩ってから言うつもりだったのか。いずれにせよ先に提言してくれた方が何事にも効率は良い。行動の把握や意気込みに大きく関わってくるからだ。
 思えばウルフは行動を起こす前にどう動くかを言ってくれていた。あまりにも過酷で人間離れした内容ではあるが、共に歩む相方への配慮なのだろう。


 飛び続ける事数時間。この世界では時間の経過が分かる。人間界と同じように景色が次第に暗くなってきた。来た時は明るかったが、今は夕暮れに近い時刻と言っていい。

「お尻が……割れちゃう」

 ずっと柄の部分に座っていた為に、体重の掛かる部分から痛みが発生し始めた。だが前に乗るウルフや、少し後方のリヴァは依然平気な様子だ。乗り慣れている所為であろうが、普段乗る事の無い舞はこれが二回目である。

「相変わらず五月蝿い奴だ。尻は元々割れているだろう。鬱陶しい事を言うな」
「こういう表現もあるの! 所で、随分飛んでるけどまだ着かないの?」
「もうすぐだ。先にリーゼントペンギンを捕獲する餌を確保するが、少々厄介でな」
「ふぅん。……まさかまたモンスターがいるとか!?」
「今更何を眠い事言ってやがる。……着いたぞ。確かこの辺りのはずだ」

 言葉を打ち切り、ゆっくりと高度を下げ始めた。この世界では初めて見る大きな大陸だ。地表から伸びている森林のすぐ上を舐めるように飛行を続け、ウルフは肉眼で確認出来るであろう何かを詮索している。
 いきなり急停止され、舞は惰性で彼の背中に顔を押し潰されそうになった。彼の背中に付いた鼻水と涎はご愛嬌。言えば烈火の如く怒りが飛散されると想定したので、黙っている事にした。暫くすれば乾くはずだ。

「い……たたた」
「見つけたぞ。あの中にアップルマッシュルームがある。それがあれば捕獲も楽勝だ」

 垂直に降り立つと、力無くそのまま腰を落としてしまう。お尻の痛さと数時間ぶりに立った所為で足腰がまるでお年寄りのようだ。
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