長編小説部屋

□Episode.03
3ページ/9ページ

「ワ……ワニニニ……」
「ホラホラ、早く焼かないとこっちが無くなっちゃうわよ!!」

 齷齪(あくせく)頬張る舞はまるで冬眠から醒めたホッキョクグマさながら。鬼神の形相は周囲の人々の言葉を飲み込ませた。

 九皿……十三皿……十五皿……。
 積み重ねられていく毎に厳しさを増していく表情。舞の体型は至って標準だ。当然食べる量も相応に比例している。大の男でもこの量は厳しいはずだが、『賞金』の二文字が腕の動きを止めなかった。
 また、食べ切らなければお土産どころか無一文に成りかねない。今後の買出し等の命運が彼女の双肩に掛かっているのだ。

 十六皿……十八皿……十九皿……。
 お皿にある最後の一つを口に入れたすぐに、最後の二十皿目が静かに置かれた。熱々の餃子からは香ばしい湯気が立ち昇り、皮が焼ける軽快な音が食感を楽しませる。だがそれは空腹の者のみが得られる感覚で、今の彼女は満腹になり過ぎた為に『美味しい』から『気持ち悪い』に変換されていた。

「むぐぐっ……もう……ダメ……」
「マイ、あと三十秒しかありませんよぉ!」

 残りあと三十秒。一皿六粒なので、一つあたり五秒で食べればギリギリ間に合う。賞金が入れば半分貰って元の世界であれを買ってこれを買って……ウフフフ♪
 などと考えている舞は現実逃避まっしぐらだ。ぷるぷると震えながらハムスターのようにポッコリと膨らんだ口を両手で押さえて白目を向いている様は、人間離れした周囲の人達の容姿と溶け込んでいるようにも見えた。



 残り十秒。逆噴射を抑える為だけに使われている両手という万能の武器は既に戦意を失い、この戦いではもう使われる事はないだろう。
 七……六……五……四……。店主の握るストップウォッチが確実に時を刻み、残りは三秒。確定した勝利を悟る笑みを一瞬だけ向け、二人に踵を返した。

「マイーーッ!!」

 ルミアの叫び声が轟き、そして観客達から大きなどよめきが溢れた。そして沸き起こったのは全員で奏でられた盛大な拍手。店主は思わず振り向く。
 目の前にはルミアが一直線に手を差し伸べて立ち、後方では舞が上を向いて気絶している。お皿にあった餃子は全て無くなり、観客達の視線で二人が完食したという事が分かる。
 一体どうやってあの状況を覆したのか。店主は観客達に意見を求めるも、全てはルミアによって遮断された。

「全部食べ切ったぞ。さっさと三千グリルをよこせ」

 赤い眼が店主を捉え、僅かな意見すら飲み込ませた。この人物はルミアではなく、同一人物のウルフで、三千グリルを受け取ると拍手喝采の中を掻き分けるように舞を引きずってその場を後にする。後頭部に大きな瘤(コブ)が赤々と輝いているのは何とも滑稽としか言いようがないが。
 舞がどうやって完食に至ったのか。そしてウルフの後頭部にある瘤の要因とは……。
 残り三秒でルミアが舞の名を叫んだ時、興奮した観客が勝ち誇った店主に向かって壺を投げつけたのだ。だがその壺はすぐ前にいたルミアに直撃して、気絶したその瞬間にウルフは精神交代をして人格を切り替えたのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ