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□結ぼれ 2
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その一言で、武市は世界が一変したかのように感じた。

「以蔵……」

「先生は、完璧過ぎるんです」

以蔵の手が頬に触れた。武市は自分が激情のあまり涙を流していた事に気づいた。

「完璧だから……皆が、自分とは同じ人間だとは思えない。

同じ人間だと思うと、自分が、先生のようにふるまえない自分が、情けなくて、先生は別格だと。
そう扱うんです。
そうしないと、凡夫は、先生を妬むか、自分が嫌になってしまうのだと……俺は、思います」


「そんな……僕は、……僕は……。」

「それに、人でなければ、人心をとらえる事も、知略をめぐらす事も出来ない。人を動かすのは人にしか出来ないのでは。」

「そうだな……。そうだね、以蔵。」

すっかり冷えてしまった、と、以蔵は武市を蒲団に引き入れ抱きしめた。


心も、身体も、温まっていく。

(昨夜は、酔ってお前を、求めたけれど……、断られても、お前は僕に恥をかかせないという、確信があったからだが)

(………お前を、好きになって良かった。)

富子、済まない……とは思う。

(ただ、女子は一生お前しか求めないよ。命をかけて誓おう。)

(しかし……僕の男としての自恃やそれゆえの闇は……富子、お前にはわかるまい。)


(欲望や野心にまみれた僕をわかるには……お前は清らか過ぎる)

(僕は以蔵とともにゆく。)


(富子の代わりがいないように、………以蔵の代わりもいない。)

(……もし、以蔵が、僕から離れたり……死に別れたら……。僕は、僕は、生きていても、半分、死んだも同然になるだろう。

こんなに、心も身体も開ける男はお前だけだ、以蔵……)

「以蔵。」


呼びかけ、口づける。以蔵がそれに応える。


−−−−−もう、お前を、離さないよ、以蔵……


心の中で呟き、武市は、もう明るいから、身支度をする、と起き上がった。

以蔵は、夜明けの光の中で、先生を見たかった。

だから、先生が気を失っている間に後始末はしたけれど、下帯しか着けなかった、と言った。

武市は、何を言ったらいいかわからなかった。裸を見られるよりも恥ずかしい自分を、ずいぶんさらけ出してしまったな、と思い、苦笑するしかなかった。



<了>
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