小説4
□む・つ・ご・と
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窓を開けるには少し寒い季節だ。
それでも素肌にシャツを引っ掛けた格好で、僕は建て付けの悪い窓を開ける。
彼が煙草を吸うせいで、換気せざるを得ない。
残らないように。
彼が帰れば、あらゆる痕跡を、僕は消す。
「寒い」
「じゃあ吸わないで」
「無理。なあ。もう一回しよう?」
「…時間が」
「あるだろ?まだ」
時間はあった。
同居人が帰るまで、あと2時間ほどだ。
乾燥する季節だというのに、シーツはじっとり湿っている。
汗。
体液。
2人分の。
同居人のではない。
僕と、彼の。
明日は木曜。
またシーツを洗濯しないと。天気はいいだろうか。
乾いた胸に彼の指が這って、僕はまた濡れてゆく。
彼の肩越しに開いた窓が見える。
くすんだ色のカーテンが、風になびいてハタハタと、夕暮れの空へ流されていた。
同居人との平坦な生活は10年余続いている。
おそらくこれからも続くだろう。
いつからか、隣にいることが当たり前になっていて、自分のいる意味なんか、考えることすらしなくなっていた。
誰でもいいから、君が欲しいと言われたかった。
この世界には君が必要だと、言って欲しかった。
溜まった熱を放出して、またあと一週間我慢だ、と考える。
暑い暑いと口々に言いながら服を着ないままくっついて横になった。
「帰らないでって、言ったらどうする?」
馬鹿なことを口にしてみた。
「困るのは君じゃないの」
そう言って彼は形良く微笑んで見せる。
そう。
困るのは僕。
でも本当にそう?
もし同居人と別れて、この人と暮らすことになったら。
ありもしないことを想像しては救われる。
「俺だけのものになればいいのに」
耳元で彼が、来もしない未来を囁く。
そう。
ありもしないことだからこそ、救われるのかもしれない。
結局僕は、このなだからな人生を、ゆっくり下ってゆくのだ。
「じゃあまた、来週」
彼はそう言ってうちを出て行った。
また、来週。
僕は枯れたような時間を過ごして、次の水曜を待つ。
誰も知らない、この昼下がり。
-end-
2014.12.4