小説
□13 彰人の愛玩
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「え!広樹くん財布盗まれたの?」
お昼休みの学食で、真っ黒な背景を背負っている広樹くんに僕は聞いた。うなだれすぎて顔が見えない。
隣に座る彰人くんが、広樹くんの顔を覗き込んでいる。
「…うん…」
「どうやって?」
「…あっくんの席取って…待ってて……あっくんのお水も持ってこようと思って…バッグの中に財布入れてて……バッグ置いてお水取りに行って…それで戻ったら…財布だけ…」
途切れ途切れに言う。もうほとんど泣きそうだ。
「金入ってたの?」
創樹くんが聞いたら、広樹くんがキッと顔を上げた。
「お金はいいの!別に大して入ってないし!そんなのくれてやる!…でも財布が……あっくんがくれたやつなのに…」
ああ。それは。
広樹くんにとっては宝物だろう。
彰人くんが広樹くんの後頭部をさらっと撫でる。
「財布なんかまた買ってやるから」
「ううっ…あっくん!もうやだぁ!もう今日帰る!あっくんうわああぁぁん!」
彰人くんの首に飛び付いた広樹くんの背中を、はいはい、と言いながら彰人くんがポンポンとたたいた。
彰人くんが広樹くんに優しい…!よかったね広樹くん!
なんで僕今キュンとしたんだろう。
「あっくんごめんね……俺すっごくすっごく大事にしてたのにっ!…ぅううだめだよもう生きてけないよ死ぬよ俺死んじゃうんだよ!こんな若さで!こんなにかわいいのにぃー!ああああん!」
「大丈夫大丈夫。広樹は死なない殺しても死なない」
「…だめ…今回ばかりは2、3回死ねるよ…」
「元気出せって」
「無理だもん…今日はもう無理だもん…あっくんち行きたい…今すぐあっくんと2人になりたい…」
「ごめんなつめ。次の講義のノート、明日貸りてもいい?」
僕は、構わないよ、と答える。
すっかりしょげてしまった広樹くんの手を引いて、彰人くんは学食を出て行った。
創樹くんが僕の隣でそれを見送りながら、あいつ本当に盗まれたんだろうな、と呟いた。
*
「…うう……もぅ…やだよ……誰だよ盗んだやつ……転べ……単位取り逃せ……一生片想いしろ……」
ベッドにあっくんを押し倒して上に乗っけてもらったまま、俺が沈みきってぶつぶつ言っていたら、あっくんが背中をずっととんとんしてくれた。とりあえず落ち着いて俺が黙ると、今度はぎゅっとされる。
「腹減んない?コンビニ行かね?」
「いらないもん……あっくんのご飯が食べたいの…」
「炒飯作るか?」
「…うん…」
「米炊かなきゃだから、ちょっと降りろ」
「やだよ!降りないもん…あっくん行っちゃやだ…」
自分でも支離滅裂なのはわかってる。でもほんと、あっくんがいてくれなかったらモヤモヤし過ぎて死ぬ。
「すぐ戻るから」
「やだぁ…」
あっくんの胸に顔を埋めて、ずぅーって匂いをかぐ。イケメンの匂いがする!
はぁ。あっくんの匂い、落ち着く。
「じゃあ一緒に台所来いよ。広樹がうじうじして死ぬ前に俺が腹減って死ぬわ」
「…じゃあおんぶ」
「は?」
「おんぶしてお米炊いて」
「わかったから一回降りて」
あれ、怒られなかった。ばかか!って言われると思ったのに。
「お米炊いたらベッドに戻ってね?」
「うん」
「それで膝枕してテレビ見よう?」
「うん」
「その間ずっと頭なでなでしてよ?」
「いいよ」
ぅあああああああっくんが優しい!
それからあっくんは本当におんぶしてくれて、軽々と歩いて行ってお米を研いだ。頬をあっくんの首筋にくっつけたら、こめかみにキスをしてくれた。
それから炊飯器のスイッチを入れ、ベッドに戻って俺を降ろした。
そのままなだれ込むようにあっくんの膝に頭を乗せる。
「…テレビ見る…」
「はいはい」
あっくんがリモコンでテレビをつけた。お昼のドラマをやっている。
あっくんに頭を撫でられながらぼーっと画面を見ていたら、あっくんが俺の耳たぶを軽く引っ張った。
「…なぁに?」
「なんでも」
「変なの…あっくん今日優しすぎるよ…どうして?俺せっかくもらった財布とられちゃったのに………くそ…やったやつ首もげろ…」
「広樹が悪い訳じゃないだろ」
あっくんの声は心地がいい。
「でも俺の不注意だから…」
「俺の席取ってくれて、水まで用意しようとしてくれて、だろ?」
そうだけど、と言いながら、俺は悔しくて、それからあっくんが優しくて、危うく涙が零れそうになった。