小説

□我慢しなくていいんだよ
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俺はできるだけ優しさが伝わるようにそっとのりちゃんの手首を掴んで、歩き出した。








「だぁからぁっ」
「なんですか」
「のりちゃんのそれは、っは、あ、」
「それ?」
「さっきはあんなに…っ、んっ、しおらしかったくせに!」
「すみません」
「いいけど!あっ!あ、いい…」

フェスから帰ってのりちゃんの家に寄ったら、すぐ抱きしめられて脱がされて、汗かいたからって抵抗したら、いいっすねそれ、とか言われて全身を舐められている。

「先輩すぐ勃っちゃいますね。少し触っただけで」
「なぁっだって…お前絶対二重人格だろ、んん」
「先輩、好きです」

俺も好き、と言いかけて一瞬迷う。好き、なのかな。

「今日、ほんとうれしかった…ほんと、デートみたいだった」

独り言みたいに呟いたのりちゃんを、俺は心から愛しいと思った。
好き、なんだな。

のりちゃんが俺の太ももを開いてそこにのしかかる。挿入の瞬間に、呼びたくて、呼んだ。

「広範」

のりちゃんは腰を進めるのをやめ、目を見開いた。その瞬間、のりちゃんのものがびくっと動いて俺の中を圧迫する。

「あんっ!」

「……せんぱい…」

のりちゃんの目が潤んだように見えて、俺は少し驚いた。

「のり、ちゃん?」
「…名前…」
「え?」
「名前、呼んでください…今だけで、いいから…」

俺ものりちゃんも動かなかった。

もっと、ほんとはもっと、望むことがたくさんあるんじゃないのか。

どんな小さなことも望まないようにして、君は今まで生きてきたんだね。

「広範」

俺には望んでいいんだよ。
だって、

「広範」

好きだから。

手を伸ばして、のりちゃんが好きだという俺の指をその口の中に入れてみる。目を細めてそれにしゃぶりつきながら、のりちゃんは、ぽろっと涙を溢した。





飲み物を、と言いかけたのりちゃんを制して2人でベッドに寝転がる。のりちゃんの手に手を重ねると、その甲にキスをされた。

「先輩…大丈夫ですか」
「なにが?」
「体とか…痛くないですか」

今さら!と思って笑ってしまった。

「もう平気。つかそれ、普通挿れる時に聞くんじゃないの?」

のりちゃんがみるみる萎れて俺は焦る。

「違う違う、大丈夫なの、俺は全っ然大丈夫だから。……ね、のりちゃんさ」

天井を見上げる俺を、のりちゃんが横から見ている。

「もっと言ってよ。俺にしてほしいこととか、一緒にしたいこととか」

体は俺より大きいのに、たまにすごくかわいくて、抱きしめたくなる。俺の後輩。

「名前で呼んでほしいなら呼ぶし、デートしたいならしようよ。手繋いだりキスとかしちゃったらバレるかもだけど、別に男2人で遊ぶことなんかたくさんあるでしょ」

のりちゃんが、キス…と呟く。

「いやそこだけ拾うなよ」
「…じゃあ」
「うん」
「今度…ご飯、行きましょう…とかでも…いいんすか」
「ねえなんで?なんでえっちする時みたく『当然ご飯行きたいですよね、俺と』みたいになんないの?」
「さぁ…」
「逆にえっちの時『挿れても…いいんすか…』ってなんないんだよ」
「それはなりません」
「なぜ」

のりちゃんを見たら、なんだかすごくすごく幸せそうに笑っていて、少し泣きそうになった。





2人の時は広範と呼ぶことにした。
その度に嬉しそうな顔をするから。

でも問題があって。
バイトでのりちゃんって呼び忘れる。

「ありがとうございました。あ、ひろ……のりちゃんさ」

同僚はみんな耳が敏くて。

「広範ちゃん?」
「ママかよ」

密かに2人で赤くなる。

でも、その目配せさえも、幸せ。





-end-






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