小説
□吉丁八本 2
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すごく古そうなマンションに入って、少しカビくさいような暗い廊下を進むと、奥の方にあるドアを翔くんは開けた。
タバコの匂いがモワッとする。
「先輩」
「おう。来た?」
イスに座ってタバコを吸っていた黒髪の男の人が振り向いた。
Tシャツを着てて、首と二の腕のとこから刺青が見えた。
「心です」
翔くんが紹介してくれて、先輩が俺を見た。
「おーす」
「こんにちは」
「…へえ」
先輩は俺と翔くんを見比べて、目を細くして笑った。
「座んな」
部屋の中は結構散らかってて、どこに座ろうか迷って、翔くんが座ったベッドに並ぶ。
床にもうひとつ四角のテーブルがあって、その上には麻雀の道具が置いてあった。
俺は麻雀をやらないからよくわからない。
メンズファッション誌とえっちな本が何冊か、床に置いてある。
「なんか飲めよ。冷蔵庫開けていいよ」
先輩は、すーっとした目をしている人だ。少し怖い感じがする。
翔くんより背が高くて、翔くんより筋肉があるみたい。あと、焼けて肌が黒い。
翔くんが先輩に「さいとうさんは」って聞いて、先輩は「帰った」と言った。
翔くんはそれから冷蔵庫を開けて、ビールを出した。
先輩の前には飲みかけの缶と灰皿代わりのお皿が置いてある。
テレビがついてて、お笑いの番組をやってたけど、誰も見てない。
翔くんが渡してくれた缶を開けて、翔くんがごくごく飲むのを見てから一口飲んだ。
「男相手に売りやってんの、ほんと?」
いきなり聞かれたけど、きっと翔くんが先に話してたんだ。
「はい」
「どんな感じ?まあでも、翔と付き合ってんだもんな。元々そっちなの?」
「そう。かな…違う…かも、です」
敬語を使うのに慣れてないから緊張する。
「相手知り合いでもヤれんの?」
「知り合い?」
意味がわからなくて、翔くんを見る。
「いつもは知らないお客さんだろ?相手が知ってる人でも仕事できる?」
翔くんの言うことはわかったから、先輩に向かってうなずく。
知ってる人にしたいと頼まれたらきっとする。
「へえ。…翔、嫉妬とかしねえの」
翔くんは、はは、と笑ってなにも言わなかった。
それからは、先輩と翔くんが話してるのをしばらく聞いてた。
わかる話もあったし、わからない話もあった。
黙って飲んでたら、少し酔った。
「心?具合悪い?」
翔くんがすぐ気づいてくれる。
「悪くない」
首を横にふると、ちょっとくらくらした。
「酔ったか?弱いのな。横になれば?」
先輩も首を伸ばしてこっちを見てる。
二の腕のそでがまくられてて、刺青がもっと見えた。
あれは、痛いのかなぁ。
黒っぽい色がついてて、でもなんの絵かわかんない。
「翔くん、あれ、なんの絵?」
先輩の方を指さして聞いたら、翔くんはきょとんとした顔をした。
なんのことかわかんなかったみたい。
「あれ。先輩の、肩のとこの」
そう言ったら、翔くんはちょっと困った顔で先輩を見た。
「は?これ?」
先輩が立ち上がってこっちに来る。
怖い。怖いよ。助けて。翔くん。
「…やだ、ごめんなさい、ごめんなさい」
怖くて立って逃げようとしたら、フラフラしてまた座った。