小説

□すいか
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「すう、スイカ切ってー」

うだるような暑さの中、哲のダレた声が聞こえる。

「やだよ。自分でしなよ」
「俺は今、扇風機の相手で忙しい」
「知らないよ。俺だってゴロゴロすんので忙しいって」

ベッドに寝転がった体勢のまま、覇気のない声で答える。

哲の家にはクーラーがない。
もっとも、この地域の普通の家にはクーラーはついていない。
日本の中では過ごしやすいはずのここでの夏が、今年はなんだかおかしかった。

仕方ないな、と言いながら、床にあぐらをかいていた哲が立ち上がる。

「お前も食う?」
「食べる」

結局崇直も立ち上がり、哲に並んだ。
フローリングの床を踏む足の裏がペタペタする。
哲のTシャツからすらりと伸びた腕の先、その手元を観察した。

カットされて売っているスイカを冷蔵庫から出して、哲はそれを適当に選んだ皿の上に置いた。

「あ、また。まな板使わないと」
「いいって」
「皿も包丁も傷むのに」
「未練ねえよ」

何の躊躇もなく皿の上でスイカに包丁を入れるその手。
崇直の大好きな手だ。

「はい。塩いる?」

差し出されたスイカは、汁を滴らせて瑞々しいことこの上ない。
乾いた喉がこくりと鳴った。

「塩はいらないけど、立って食べんの?」
「めんどくせえだろ。流しに直接種を、こう、プププっと」
「えー」

自分の抗議を聞かず既にスイカにかぶりついた哲を、崇直は眉尻を下げて見つめる。

しゃり、しゃくしゃく、と音を立てて、哲がスイカを咀嚼している。

「うまい」
「本当?」

崇直も哲と並んでスイカにかぶりついた。

しゃく、しゃく、しゃく。

「甘いね」
「ん」
「おいしい」

哲が、種を飛ばす。

「お行儀悪いね」
「…なんかお前、佐和に似てきたな」
「え、佐和くんに?」

嬉しそうにすんじゃねえ、と言って、哲が体を軽くぶつけてくる。

哲の真似をして流しに種を飛ばしていると、不意に首すじを舐められた。

「やっ、何」
「しょっぱい」
「汗だろ、汚いよ」
「塩いらねえな」

ぶちゅ、と音をたてて、うなじを吸われた。

「何、言ってんの…」
「なんか。ムラムラすんだけど」
「え」

哲は食べかけのスイカを置いて手を布巾で拭い、スイカを持ったままの崇直を抱きしめた。

「あ、暑いんだけど…」
「ちょっと、もっとさ、汗舐めさせろよ」
「は?変態みたい!」
「好きだよ。すう」

哲が言う「好き」は、唐突に訪れて崇直の心をすっぽり覆ってしまう。

「すうの匂いがする」
「…くさい?」
「ムラムラする」
「それはわかったから…ちょっと…」

ごて、と皿にスイカを落とした崇直を、哲がぐいぐい押した。

熱い。倒されて背中に触れるシーツも、扇風機の風も、哲の唇も。

「んっ、はぁ…」
「…すう」
「手、拭いてない、ベタベタする」

崇直が言うと、哲はその手を取って、広げたままの指を一本一本舐めだした。

「や…あ……」
「感じてんの?」
「だって…」
「かわいいなぁお前ほんと、そんな顔すんなよ」

指、甘いよ、と優しく囁く哲を見て、体に力が入らなくなった。

全部の指を舐めて、それから次は本当に、首や鎖骨をぺろぺろと舐めた。

「やめっ、汚いってば…っん、あぁ…」
「…なぁ、Tシャツ脱いで」

脱いで、と言いながら半ば強引にTシャツを引っ張り上げ、崇直の首を通したところでまた、キスをする哲。

「う…ん…」
「後ろ向いて」

うつ伏せになると、哲が上を脱いで覆いかぶさり、すぐに背中に舌を這わせてきた。

「ねえ…汚いよ…」
「うるせえ。諦めろ」
「は?何だよそれ」
「すう…」
「っん」

すーっと、肩甲骨から肩のあたりを通り、それから背骨に沿って下降していく、哲の舌。唇。
たまに、ぷちゅ、と音を立てて吸われる。

「汗の味」
「うっさい…言わなくていいってば」

舐められたところに扇風機の風が当たり、一瞬冷える。触れ合う肌は熱い。

「ねえ、さとくん」
「ん」
「今日…挿れちゃだめ」
「…なんで?」
「だってお風呂とか…入ってなくて…俺、汚いし…」

哲は崇直の体を、特に挿入前のそこを舐めたがる傾向にあり、酷く暑い今日は抵抗があった。これからシャワーを浴びさせてくれるわけはないし、自分ももちそうにない。

ふっと笑う気配に顔が熱くなる。

「わかったよ」
「触りっこなら、いいよ」
「触りっこ?…かわいいな。こっちおいで」

起き上がる気配に、体を起こして振り返ると、壁にもたれて座った哲がこちらに腕を差し出した。

柔らかい表情に安心し、崇直は哲の腕の中に横向きにすっぽり収まった。

「すう。もう、食べたい。お前」

耳元で、笑みを含んだ声がする。
崇直は哲の肩口にこめかみを押し付けた。



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