小説

□35 広樹と痴漢
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「あっくん!おはよー!」
「おう」
「あ、広樹くんおはよ」
「なっつおはよ」
「腹減った」

お昼の学食でみんなと合流するなり、午前中ずっと言いたくてたまらなかったことを報告する。

「あのね、今日、朝ね、電車で痴漢にあった」

怖かったし、気持ち悪かったから、早くみんなに言いたくて。

「え、痴漢?!さ、触られたの?体?大丈夫?」
「うん。おしり」

あわあわしてるなっつ。優しい。
創樹はノーリアクションで、お昼ご飯を選びにカウンターに行っちゃった。さすがわが弟。

「あっくん。怖かったよぅ。おしり触られたんだよ、広樹のぷりぷりかわいいおしり。あっくんのなのに」

うるうるした目で見上げてアピールすると、あっくんは唇をぷくぅと前に出した。
なにその顔。
ちょーかわいいんですけど。

「女と間違えられたんじゃね」
「そうなのかな。電車すごい混んでて」
「どんな人だったの?」
「なんか普通のサラリーマンみたいな人。おじさんじゃなかった。と思う…あんまり見なかった」
「そんなピンクの服着てっから」
「確かにちょっと、今日の服かわいいね。帽子もあるし、顔が見えなくて女の子と思ったのかな」

白いTシャツに薄いピンクのカーディガンを羽織った俺を、あっくんとなっつが何とも言えない顔で見ている。

「だって、これかわいかったんだもん…欲しかったんだもん…試着してみたら店員さんもかわいいって…」
「うん。広樹くんにすごく似合ってるよ」
「でもなあ。まあ、気をつけろ」
「わかった」

あっくんのかわいい顔が見られたからそれでいいかって、俺はもうそれで痴漢のことを綺麗に忘れてしまった。





夕暮れの、大学からの帰り道。
2人になると、あっくんは周りに誰もいないのを確認して、そっと肩を抱いてくれた。

「お前さ」
「んー?なぁに?」
「明日朝何時」
「明日?」
「何時に駅着く」
「明日も1講目からだから、えっと、8時15分くらい」
「…俺も行くわ」
「…ん?」
「俺も。電車。一緒に乗る」
「あっくんも1講目?」
「昼から。俺は。お前と違って単位足りてるから」
「ふぇぇん」
「また痴漢あうの嫌だろ。だから一緒に行ってやるって言ってんの」

睨まれたけど、感動で上書きされる。

「え!優しい!愛してる!抱いて!ねえ!抱いて!今すぐ」
「うっせ。うっせえ。鋼鉄のパンツ履かすぞ」
「蒸れる!」
「痴漢とかキモ……怖かったろ」

あっくんはボソボソ言って、俺の帽子をとんとんと触った。

「ちょっと。やだった。怖かった」

優しいあっくんの肩に頭を寄せる。
改めて、体が硬直して動かなくなっちゃったことを思い出す。
女の子だったらもっと怖いんだろうな。
痴漢、あかん。





「あっくん!おはよ!」
「おう」

翌朝、あっくんは本当に、最寄りの駅で待っていてくれた。
俺よりずっと早く家を出て。
優しい。愛を感じる。俺、愛されてる。うふふ。

「今日もイケメン」

のんきに呟く俺をほっといて、あっくんはホームをきょろきょろ見回している。

「お前のこと触ったやつ、今ここにはいねえの」
「あー…わかんない、本当に顔見てないの。背の高さはあっくんくらいだったけど」
「ふーん。…痴漢とかほんとだっせえな」

あっくん、怒ってる。かっこいい。愛されてる。どうしよう。うれしい。

「大学のトイレで抱いてもらおう」
「心の声が漏れてんだけど」

ホームに入ってきた電車はすでに人で満ちている。

「この時間だからな」

人の流れに乗ってぎゅうぎゅうと反対側のドアの方へ進む。あっくんはずっと、俺のうしろにいてくれた。
電車が走り出して、向かい合おうとして体の向きを変えたら、あっくんに肩を掴まれて後ろを向かされる。

「俺がお前の後ろにいねえと意味ねえだろ」
「あ、あ、そっか」

痴漢対策で来てくれたんだった。あっくんの顔見たくて忘れてた。
背中にあっくんの体がぴったんこくっついてる。守られてる感が半端ない。うれしい。
ほんとかっこいい。シャレになんない。

「あっくん、ねえ、俺のこと愛してる?」

首だけ後ろに傾けてあっくんに聞いた。あっくんは無言。

「ねえ。愛してる?」

無言。
周りの人が何人か、むずむずと身動きした。

「ねえったら。あっくん。愛してるかって聞いてんの」

無言、と同時におしりに違和感。と言っても痴漢じゃない。

「いたいぃ…」

おしりのほっぺをつねられてる。

「やめてほしければ黙れ」

低い声怖い。

「痛いです」
「黙るか」
「黙ります」

ふう。



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