小説

□吉丁八本 3
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1時間はあっという間で、少しお話ししたらもう終わりの時間が来てしまう。

まーくんがお財布からお金を出したけど、少し足りなかった。
まーくんはとても焦ってしまった。

「あれ、おかしいな、絶対入れたはずなのに」

上着やズボンのポケットも探すけど無いみたいで、お金をちゃんと払わない人を事務所の人がどんなふうにするか何回か見たことがある俺もちょっとドキドキしてくる。

お金はやっぱり足りなくて、そうこうしてるうちに約束の時間が過ぎて、迎えの車で乗りつけた事務所の人が俺に電話してきた。
これに出ないと部屋まで上がってくるから、仕方なく出て「ごめん時間忘れてた」と言って電話を切った。

泣きそうになっているまーくんに手を伸ばしていい子いい子してあげる。

「大丈夫。俺がなんとかできるよ。まーくんは心配しないでね。あと、おいしいパン作ってね」

まーくんは最後にまた俺をぎゅーっとした。



車に戻って、フェラだけだったことを伝えてお金を渡す。
ホテルを出る前に自分のお財布から五千円札を出して足したのがすぐにバレた。

そういうことして何になるんだ、って怒られた。

一枚だけ折り目が違うからだって。まーくんのお金は確かに全部一緒に折られてたたまれていた。

車を降りてお金を回収しに行こうとする事務所の人に抱きついて止める。
歩いてる人が何人かこっちを見てすぐ目をそらした。

「俺がいらないって言ったの、ごめんなさい」

なんで、と聞かれて、俺が失敗してフェラですごく早く終わっちゃったから、と必死で説明したら、事務所の人はため息をついて車に戻った。

お前は時間で買われてるんだから、何回ヤろうが客がすぐ射精しようが料金には関係ない、わかってるはずだ、こういうことは本当なら絶対許されないぞ、ってまた怒られた。

今日のやつは二度と相手させないから、と言われて、まーくんの優しい顔とか、がんばってパンを作ってることとか、まだ小学生の弟がいることとか、そういうの思い出した。
思い出して、なんだか涙が出た。

事務所の人には、なんでお前が泣くんだって言われた。

だって、俺のお客さんだもの。
俺を指名してくれる人だもの。
もう会えないのかと思うと悲しかった。
せめて今日セックスしてあげられればよかったのに。

「ねえ、お願いだからもう一回だけ会わせて。かわいそうなことしないで。まーくんのお金たくさんもらいたくない」

泣きながら頼んだら、何言ってるのかわかってるのかってまた怒られた。
自分でもよくわからない。

お前は自分の仕事のことだけ考えてろ、あとは俺たちの仕事だから、って、今度は優しく言われた。

車は、俺を家に送る途中で他のホストを拾った。無口で俺より年下だけど、結構人気がある人。たまにこうやって一緒になるとじろっと見てくるから、俺は少し緊張して目を合わせないようにした。

流れる夜景を見ながら、すごくすごく、翔くんに会いたくなった。



家に帰っても翔くんには会えなかった。
電話も出ない。

それでもまだ元気でいられたのは、先輩が俺に電話番号を教えておいてくれたからだ。

翔と連絡取れない時にかけてこいって言って。

だからかけた。
だからかけたのに、電話口でそう言うと先輩は、「翔がいない時かけろって、取り次ぐって意味じゃねえよ」って笑った。
じゃあどういう意味だったんだろう?

でもとにかく今日は翔くんが先輩の家にいたから替わってもらえた。

『心?』

翔くんの声だ。翔くん。

「翔くん、今ね、仕事終わったの」
『そっかぁ。お疲れ様』
「うん」

翔くんの声を聞くと全部忘れた。
幸せ。
それで少し、さびしい。

「翔くんいつ帰ってくる?」
『うーん、わかんない』
「そうなの…」

さびしい。

『先輩がうちにおいでだって』

それで一気にさびしくなくなる。

「いいの?」
『心がいいならおいで。今日は他の人もいるけど』
「うん。行く」

翔くんに会える。





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